「劇塲改良の説前號の續」

last updated: 2021-12-25

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時事新報に掲載された「劇塲改良の説前號の續」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

前號に説きたるが如く從來の劇塲を一掃し去りて復た積弊宿害を留めず俳優も心事を改革

し座主も相應の資本を備へて自業の確實を旨とすることを得べきや果して然らんには今の

劇塲を改良するに佳方銘案なしと云ふ可らず我輩今其改良の一端を陳ずるに先ち西洋諸國

劇塲の模樣を一言せんに塲の大小は固より概言す可らず其大なる者は四五階にして最下層

即ち平土間の正面に舞臺あり舞臺に對して彎形を成したる大厦の四五層は觀客の見物席に

して左右舞臺に接近したる所にボツクスと稱して椅子三四脚を容るゝ掛棧敷樣のものあり

是れは塲中最良の位地にして席料頗る高く一區十五圓乃至二十圓を下らず貴客の觀覽する

席とす舞臺の前面に樂隊を置き樂隊の後に高等の客席を設け又其後部に追込あり席料割合

に〓なるを以て觀客の競爭して占めんと欲する所なり通常の客は二階三階に上り四五階に

上るものは最下等にして一人の見物料十二錢内外、此席に上るものを天帝と稱す盖し高き

に居るが故に云ふ東京の劇塲にて二階の鐵欄の外にて見物するものを熊と云ふが如し斯く

て劇塲は夕刻七時頃より開き夜十二時頃に打出すを例とすれば塲中にて喫飯するが如き不

体裁なく隨て茶屋など稱する附屬物なく唯塲中に酒、茶、〓〓、氷、菓子等を賣る所あり

喉渇するものは就て之を飮食し或は貴客の求めに應じて女子の給仕が茶菓を捧げて其間に

周旋するあるのみ体裁と云ひ外見と云ひ誠に文明國の風に背かずと雖ども之に反して我國

の劇塲こそ見苦ししけれ第一演劇の時間長くして通常午前八時から午後十時に渉り全齣を

通觀せんとすれば劇塲中に〓りて一日十三四時間を費さゞる可らず左なきだに空〓〓〓の

夥しきが爲め塲中の空氣腐敗して往々眩暈鬱〓〓〓〓なるに此中に在りて十三四時間の長

き耳目を〓〓〓〓申す迄もなく時間長きが故に飮食せざる可ら〓〓〓の劇塲にては幕間甚

だ短かく其短き間も尚觀客の〓〓〓んことを恐れて舞臺の前面に樂隊を備へ幕下る毎に〓

〓〓〓〓を爲すと雖ども我國の劇塲にて幕間時として一時間に渉ることあり其間觀客の耳

目を悦ばしむるものなきが故に却は彼の〓相接し臂相摩する其中に在りて不潔なる空氣を

呼吸しながら茶を啜り菓子を喫し酒を飮み料理を食ひ午飯晩餐を遣ふ等劇塲を以て傍ら醉

飽の塲と無し衆人廣座の中に於て鯨飮牛食する其醜態は何程に堪忍して見るも文明國の劇

塲よりも寧ろ此觀客の奇異なる状態に驚き恰かも日本陋風俗の共進會を觀るの想あること

ならん扨て又此醉飽客に給仕するが爲めに芝居茶屋なるものあり甚だ無用のものにして我

國の劇塲に伴ふ宿弊物なれども晝夜十餘時間の演劇を觀んとするには晝夜の諸用を達する

がため勢ひ此の茶屋なかるべからず然れ共茶屋あれば隨て茶屋に伴ふの雜費雜用ありて結

局觀客の煩と增すの媒介たるに過ぎず唯今の茶屋なるものは不完全なる劇塲の寄生虫なり

と云べきのみ之を要するに目下我國の劇塲を改良するには先づ演劇時間を短縮せざる可ら

ず時間を短縮すれば觀客の攝生上にも便なり飮食の必要もなく隨て所謂茶屋なるものをも

要せざるに至らん劇塲改良の意あらんものは先づ其時間を改めて追て種々の改良を加へ我

劇塲をして文明風に適せしめ外國人の耳目を樂ましむるまでに至らざるもせめて日本風俗

の醜態を示すの塲たらしめざらんと我輩の企望する所なり (未完)