「東海道鐡道」
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時事新報に掲載された「東海道鐡道」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。
本文
東海道鐡道
内閣總理大臣伊藤伯は昨日閣令第二十四號を以て中山道鐡道工事は東海道に比して啻に迂
路を取るの不利あるのみならず其工費の如きも自ら多きを加へ竣功の期も亦太だ遲速ある
を發見したる旨甲乙號の通り鐡道局長より具状したるを以て今般中山道鐵道敷設を廢し更
に東海道工事を起すに決す依て明治十六年十二月第四十七號布告の中山道鐡道敷設の爲め
に募集したる公債の現在殘額は轉じて之を東海道鐵道工事に使用すべしとの旨を布告した
り(載せて本日の官報欄内に在り)因て其鐡道局長の上申書を見るに其論旨とする所は本
月九十両日の本紙上に載せたる中山東海両道鐡道緩急論に頗る暗合する所あり我輩の大に
満足する所なり左るにても我政府は明治十六年中山道鐵道を敷設するに決してより中山東
海の鐡道斯く迄に利害の明なるに心附かず鐵道局長の所謂聾者に鐘皷を與へ躄者に利噐を
借すに異なることなき工事を成さんとするに汲々たりしが是れは不思議界の一現象として
姑く置き足掛け四年後の今日忽ち大に悟る所あり所謂費用に關せず歳月を惜まず利害得失
を省みず斷行直前云々の擧に出でず俄然今日に猛省して工事を東海道に轉じたるは我政府
が剛〓非を遂るものに非ざるを示すのみならず鐡道の實際必要物と爲りて最早之を一個の
消閑具視する能はざるの時勢となりたるを見るに足れり我輩は今回の閣令を讀んで日本の
鐡道事業の爲めに大に祝意を表せざるを得ざるなり
抑も我輩が今回の閣令に由りて鐡道を以て東京と京阪間との聯絡を通ずるに先づ東海道よ
りするを喜ぶは單に此工事の順序其當を得たるを喜ぶのみに非ず今回中山道鐵道工事を東
海道に轉じたるの精神を推せば我政府一般の鐵道路に一大變革を生じたるの趣あるを喜ぶ
なり我輩は過日の紙上に於て鐡道を敷設して交通の便を開くに既にある交通を盛にすると
未だなき交通を開くとは其間自から緩急の別あり峯巒重疊往來人甚だ稀疎なるの地は鉄道
を以て其往來を便にすること固より要用なりと雖ども地〓人稀なれば不便を感ずる者の數
も亦隨て少なきが故に稍之を緩にす可きの事情もあれども人烟稠密にして通行繁劇なる塲
處にては其交通の便不便商賣殖産の發達に關すること大なるが故に此等の塲所にては鐵道
の敷設一日も急にせざる可らず即ち歐米諸國にて鉄道を敷設するに先づ都會を聯絡するの
線路を撰ぶ所以ならん云々と陳ぜしが從來我政府の鐡道畧中或は先づなき交通を開くに急
なるの趣あり現に鉄道局長の上申書中にも抑も中山道に鉄道を敷設せんと欲する目的は盖
し主義の大なる者あらんか然れ共先づ東京と京阪間との聯絡を通ずるに在り而して沿道從
來偏僻の地に運輸の便を與へ兼ねて荒蕪を墾き物産を繁殖せんとするに在り云々とあるを
見て其傾向を窺ふべし然るに今中山堂の嶮峻、之を東海道の平夷に比して其工事に緩急あ
るを發見し嶮峻を去て平夷に就くを見れば我政府にては從來の經驗大に鉄道畧上に悟る所
あり今後日本全國の鉄道敷設に就ても必ず先有る交通商賣を盛にするを專一とすることな
らん鉄道畧の一進歩と申す可きなり、さて又鉄道局長の上申に據れば曩きに中山道鉄道公
債として募集せし二千萬圓の中、千五百七十三萬圓は大藏省に現在するが故に其五百七十
三萬圓を以て大垣及半田線直江津及び横川線の残工事に充つ可しとの計算なれば更に新公
債を起すを要せず大藏省現在金を以て今日より直に其工事に着手するを得べきなり我輩は
我政府が其鉄道路を先づ既有の交通商賣を盛にするに決したる以上は東海道は申す迄もな
く日本全國その向きの線路を求めて舊進急行國中東西南北一と通りの脉〓(月偏に各)を
通ずるの日を急がんこと我輩の特に希望して止まざる所なり