「政府は相塲所に課税干渉す可らす」
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本文
政府は相塲所に課税干渉す可らす
我輩は相塲會所を以て有益無害のものなりと認めて今の會所の組織を一新せんことを望み
其一新の方法細目に至りては偏に當局者の理裁を請はんとする旨を論じたりしが今顧みて
海外諸國の相塲所を見るに規摸大にして取引滑かに其相塲に係る物類の直段を國中に平均
して眞個に國の効益を爲すものゝ如し因て今其組織の大要を記さんに例へば米國ニユーヨ
ルク府の相塲所にては所謂仲買人連中が商賣上の私に相塲會所を設け會所の株式には制限
ありて互に相賣買するを得ず幾干の仲買人中不時の變にて若し欠あれば何人にても其株式
を買ひ受けて之を補ふことを得るの法なれば仲買人が相塲所の株式を所有するは恰も一種
の身元金を出し置くものに似たり即ち此相塲所は商人申合せの私立會社にして特別に政府
に納税するの煩はしきなく納税せざるが故に相塲師が脱税を謀りて拘引に逢ふが如き不体
裁もなく相塲師の勝手次第にて賣買必ず會所に於てするを要せず唯其相塲所の組織整頓す
るが爲め相當の手数料を拂ふて相塲所中に賣買するを便とし任意に來りて此處に商賣する
までにして政府は相塲所を以て尋常市塲の看を爲し其自由の運動に任じて傍より之れに干
渉せざるものゝ如し然るに今我國の相塲所は其趣やゝ異にして例へば米商會所にては政府
の規則に準據して賣買高千分の二を納税せざる可らず此納税の外に會所は千分の一仲買は
千分の一半の手數料を取るが故に米商人は都合千分の四半即ち千圓の賣買高に四圓五十錢
を拂はざる可らず千圓の賣買に四圓五十錢の納税手數料とは輕少の數に似たれども今日の
實際に於て米商人は一割の現金を保證として賣買を行ふの通法に從ひ現金百圓を以て千圓
の賣買を爲すの割合なれば彼の納税手數料の四圓五十錢は千圓に對するの四圓五十錢に非
ず其實は百圓の金額中に負擔する數にして米商人の身に取りては元金四分五厘の臨時費決
して輕少ならざるが故に凡俗の卑劣心、動もすれば脱税を謀り政府にては内々密々に之を
探偵して連累を〓(手偏に勾)引し帳簿を點〓(手偏に嶮のつくり・けん)する等其手數
容易ならず當局人の不面目は申す迄もなく〓不面目者を生ずるが爲め米商會所は一種の妖
雲中に埋没し世間の人は之を望見して妖怪屋敷の觀を爲すものなきに非ず畢竟我國の相塲
師が思慮淺薄にして商賣上の徳義を忘れ醜態を商賣社會に暴露するの罪なりとは申しなが
ら一方より觀察すれば今の相塲所規則を亦頗る〓多にして商賣自然の運行に相伴ふを得ざ
るの意味なしとも申し難し是に於て我相塲所一新の方法如何と云へば細目の事は姑く置き
大体の處に於ては先づ西洋ブールスの法にひ官の手を以て相塲所より収税する等の煩冗を
除き談然これを民間商人の手に放任して國の治安上に害なき限りは其自然の成行に任ずる
ころ却て大に得策には非ずやと我輩の竊に心に發明する所なり
右の如く論述すれば人或は説を爲して相塲所の課税を廢し政府の干渉を絶ちて之を民間商
人の私に任ずるは其事不可なるには非ざれども今日の實際に於て相塲所は一廉の税源なり
明治十九年度歳計豫算表には米商會所税金三十一萬二千三十一圓株式取引所税金七萬三千
二百九十圓とありて合計殆んど四十萬圓に達せんとする歳入なれば政府も容易に此税源を
絶つの難きを感ずるならんなど云ふものもある可しと雖ども此四十萬圓足らずの税金を収
入するが爲め相塲師中に脱税を謀るものあり謀るものあれば之を發覺し〓(手偏に勾)引
し處刑するものなかる可らず其本を尋ぬれば私の因縁より起りたる煩雜にして之が爲めに
幾多の費用と心勞とを要するや知る可らず、理財學者の最も忌む所なり、盖し當初相塲所
に課税したるは時の當路の人の眼より見て空相塲などとて實物を取引せずして虚聲の間に
勝敗する其有樣は何となく薄氣味惡しきものなりとて一種の禁止税同樣に見做したるなら
んかなれども文明の商賣世界にては實物を取引せずして簡單に商用を達するを貴び現に英
國などにては商品を倉庫會社に預け其預り手形を使用して幾千萬の取引するを常とす實物
を取引せざるもの必ずしも空相塲にあらず却て商賣の品格の高尚なるものにこそあれば我
日本國の相塲所に於てもますます其旨を奬勵して實物の有無を問はず其受渡しの現在未來
を論ぜず一切の取引を自由自在に放任せんこと我輩の冀望する所なり斯の如くするときは
相塲所の便利を達するのみならず其賣買の區域を廣くして物價變動の機を頴敏ならしめ都
鄙の相塲を平均して殖産商賣の社會に不時の僥倖も稀なれば意外の災難も亦少なく以て
人々をして正當の營業に安んずるを得せしむるの効力は間接にして更に大なるものと云ふ
可し左れば政府に於ても全國の利害に着眼すれば四十萬圓の税金は以て其眼光を遮るに足
らず况して収税又は探偵等の勞費を差引すれば餘る所少なきに於てをや愛むほどもなき數
なり盖し相塲所の一新は我輩の曾て發言したる所にして其實施の日には樣々の法案もある
可けれども廢税の事も亦其法案中の一箇條たらんこと特に冀望に堪へざるなり