「秘密は何人にも秘密たるべし」
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本文
秘密は何人にも秘密たるべし
商賣理財の事に關しては秘密を要するの箇條甚だ多し例へば今政府にて世間の理財上に影
響するやうの規則を布達するが如き塲合には其布達前之を秘密にして何人にも秘密にせざ
る可らず若し或る筋の情實を以て之を或る商業家に内通することもありたらんには其内通
を得たるものは百發百中奇利を占む可しと雖ども所謂或る筋に疎縁なるものは氣の毒にも
幾多の損毛を招かざるを得ず然るに右の秘密事は官の筋に接近するものが兎角先づ之を豫
知するの實あるが故に當局の人々にして大に注意する所あらざれば世上一般の利益を擧げ
て或る一二人の犠牲に供するが如きことなしと云ふ可らず政府にて官吏が商賣に從事する
を禁ずるが如き其理由樣々ならんと雖ども彼等をして秘密の鍵を濫用せしめざる事も亦其
理由の一箇條ならんと信ずるなり
夫れと是れとは稍異なれども序に一言し置かんとするは他事に非ず我政府にては曩に向ふ
三箇年間に海軍公債千七百萬圓を募集する旨を布告し第一回募集金額五百萬圓は去る十日
までに募集濟みと爲れり扨て同公債の募集に應ずるの法は一株何圓にて何千何萬圓の募集
に應ずべしとの入札を封じ之れに券面金額一割の應募保證金を加へて公債募集事務所へ送
り事務所にては開札の上最高價の應募者を次第して順次之れに割り渡すの例なるが聞く所
に據れば初め此應募入札の募集事務所に達するや事務所の人々は直に之を開封することを
得るよし斯くて事務取扱ひの際自然諸人の耳目に觸るゝよりして何時の間にか何人は何圓
の割合にて何万圓應募したり何種の人が最も多く入札して最も高價を奮發せり抔多數の人
の知る所と爲り或は其一覽表を製して之を所持するものさへなきに非ずとの噂あり但し商
賣上には種々樣々の掛引もあることなれば此一覽表とても利に鋭き商人等が爲にする所あ
りて漫に作爲したるものかも知る可らずと雖ども若し左もなくして表の文字が凡そ眞實を
記したる數にてもあらば此邊に接近するの便宜を得たる者は内々一覽表を一見し今回の公
債に關して世上の人氣如何、凡そ何百萬圓丈けは券面價格を上ること何圓以上にて入札あ
りたれば募集濟の後は大抵何程位の價格を保つことを得べしと豫め同公債募集中の模樣を
通覽し了りて扨ていよいよ募集期限も切迫したる處にて何萬圓丈け應募せんと決心して恰
かも落札せんずる價格にて申込めば地を打つ槌は外るゝとも如何で此申込の外るべき思ひ
の儘に公債を落手することを得べき譯柄ならん今回の募集に期限切迫して巨額の應募を申
込みたるものある由なれども此應募者などは盖し其見込の確的なるを豫知するの方便に乏
しからざりしものにてはなきか兎に角世間公債の募集に應ずるものが世間の人氣は如何あ
らん、何圓に入札せば落札せんとて暗中模索する其傍に獨り炬を此暗中に照らして應募の
金高及び價格を窺ふの便を得るものありてはこれを稱して事の宜しきを得たるものといふ
べからざるが如し然りと雖ども既往は復た議す可からず海軍公債千七百萬圓中五百萬圓は
既に募集濟みと爲りたれども殘額千二百萬圓は向ふ三箇年間に之を追募するの日ある可し
此追募の時に當りては更に募集事務取扱の方法を改良すること必要ならん其改良の細目に
就ては當局者の所見もある可しと雖ども今後應募者は入札封の表面に應募金何萬圓と認め
之れに保證金を添へて事務所に申込むことと爲し一樣何圓にて應募するやは封中に秘記し
て募集結了開札の日までは一切破封を禁ずること最も肝要の事ならん若しも永く今日まで
の例を慣行せば募集事務所に縁の疎密により非常の便不便を感ずること避くべからざる所
にして公債募集法の宜しきを得たるものと云ふ可らざるなり商賣理財の事は世上一般の利
益に關すること大なり其秘密に屬する所は飽くまでも秘密にして何人にも秘密なるを要す
因て今後の爲めに此に一言するものなり