「日本社會の大變化近きに在り」
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本文
日本社會の大變化近きに在り
近年日本國内の不景氣は實に人の想像にも及ばぬまでに甚だしきものにして世上百事寂と
して聲なく全社會の景状恰かも喪に居るの家を見ると一般なり殊に此不景氣の時日餘りに
長きに亘るがために人事微細の部分に至るまでも其影響を蒙らざる所なく一切の進歩を遮
りて寧ろこれを却行せしむるの勢あり實に驚くべき時勢の變動なりと云はざるを得ず然る
に此際獨り進むことを知て退くことを知らず近年は一層其進歩を急いで速力の日に増加す
るを認むるものあり何ぞや文明開化是れなり日本の文明開化は明治十四年政治社會の變動
の爲めに一時大に其進歩を妨げられ社會の或る一部分にては正しく却歩退行の實跡あるを
認むるまでの有樣なりしに幸にして日本全体の人心は斯る人爲の妨害に辟易して國家公私
の眞利を放棄するの愚を爲さず風潮の如何に險なるにも拘はらず直線に文明開化の方向に
進行して左右を顧ざりし是に於てか一時の障碍物も忽ち其力の不足なるを證し未だ両三年
ならずして時勢全く一變し風潮順流其迅きこと矢も及ばず國内一切の弊習舊慣を蹂躪し去
りて寸片をも留めず一朝忽ちに純粹無雜の新文明國を作り出さんとするの勢を成し今日は
正に着々其歩を進めつゝあるの所なり若し今日の儘に進歩を止めず尚ほ三年乃至五年の日
月を經過することあらんには日本の國情は遂に何樣の點にまで進歩變化すべきや我々尋常
人の迚も豫想し得べき限りにあらざるなり條約改正は日本國人上下共に久しく希望する所
にして久しく好結果を得ず今年も亦五月初旬より我外務省に各國の全權委員を會し大に議
する所ありて未だ局を結ぶに至らず兼て我々の希望する治外法權を全廢して日本全國を開
放するの一事に關しては如何の意見ありて如何の評議にまで運びたるか固より我輩の漏れ
聞くを得ざる所なりといへども苟くも今の條約を改正するとあれば何樣の手段にか依頼し
て晩かれ早かれ治外法權全〓日本全國開放の實を見ずして止むべき理なく又歐米諸國人と
いへども多年の經歴漸く既に東洋の國情に〓通し今にして早く日本全國を開き大に日本の
文明開化を助成するの彼等自身の爲めに甚だ便利なるべきを合點したるに相違なしとすれ
ば日本の開國雜居も最早今より數年の内に差迫りたるものと覺悟して決して大なる見込違
ひはあるまじ又文明の大利噐たる鐵道の如き明治五年東京横濱間の第一線路竣功以來十餘
年の間は其進歩甚だ〓〓にして殆んど論ずるに足るものなく近年日本鐵道會社の設立あり
又中仙道に官設鐵道を敷設するの沙汰ありしと雖ども何れも皆紙上の鐵道にして實物の見
るべきもの甚だ少なく鐵道會社の線路東京より青森まで二百里の鐵道は七年間に竣功すべ
しと保證して五年の日月は早くも五六十里の工事に消費し中仙鉄道は越後直江津とか尾張
半田とか遠方枝別の線路の計畫に忙はしくして肝心の幹線は東西曾て其工事の進歩を聞く
ことなく遂に世人をして鉄道の到底恃むに足らざるを歎息せしむる有樣なりしに近來漸く
其面目を一新し鐵道會社と云ひ鐵道局と云ひ鋭意工事の進歩を急いで日夜寢食を忘るゝば
かりの有樣あり鉄道會社は宇都宮仙臺間の工事を今より二年間に竣功せしむべく鉄道局は
東海道鉄道を三年間に竣功せしめて東京大坂間の連絡を了るべしと着々其進歩の見るべき
ものあるは我輩の甚だ喜ぶ所にして全國皆同感ならんと信ずるなり東京より大坂に仙臺に
又越後に通ずるの鉄道順次竣功すると同時に九州中國奥羽地方等各自皆鉄道の布設を見る
べきは無論の事にして今より三五年を出でずして日本全國重もなる地方には大抵汽車の通
ぜざる所なきに至ることならん交通の便利想ふべきなり又國會開設の如き明治廿三年を期
するものにして今より中間三年を餘すに過ぎず實に切迫したるものといふべし今日未だ何
樣の國會を作るべしとの公令なきが故に此國會なるものは果して如何樣の組織性質たるべ
きやこれを今日に知ることを得ず隨て國會開設以後の政治社會の變動を今日に豫想するこ
とも固より至難の事なりといへども苟くも國會と名を下すからには文明世界に通用すべき
國會の實をも有すべき者たる事は無論にして國會が他の文明國の政治社會に何樣の事を爲
せしか又爲しつゝあるかと見ば聊か明治廿三年以後の日本を豫想するの便りを得ることな
らん
右の如く國會開設、鐵道擴張、全國内外雜居等の事の如き何れも皆今より三年乃至五年の
内に行はるゝものとして今日より以後日本國内百般の事物は果して何樣の變化を受くべき
や必ずや廣大至極案外千萬なるものならん唯我輩がこれを今日に想像すること能はざるの
み嘉永年間米使ペルリ渡來して日本の封建社會は遂に爲めに一掃せられたり國會鐵道全國
雜居等が明治の日本社會を變化するの力は盖しペルリに幾倍するものならん此際我々日本
人が世に處するの困難なる世間に其比類を見ざるべし一日を油斷する者は十年の悔を遺し
一年を油斷する者は生涯救ふべからざるの不幸に陥らん人各其地位によりて銘々其覺悟を
異にすべきは勿論なりといへども其官吏たると商人たると工人たると農民たるとを問はず
書を讀み藝を學び人に接し世事に通じ朝夕新聞紙を閲讀して人間世界の事を詳知するの類
は就中必要の心掛けにして苟くもこれを怠る者は早晩世に立つの機會を失ふべきや必然な
り深く恐れて大に戒めざるべからざるの時勢といふべきなり