「日本酒税」

last updated: 2019-09-08

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時事新報に掲載された「日本酒税」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

日本酒税

我政府は本日二日の官報を以て勅令第六十號并に同第六十一號を公布し日本酒税に關する法律を改正并に新設する所ありたり其六十號は明治十五年十二月第六十一號布告の酒造税則附則を改正したるものにして改正の次第は從來三年間の經驗に由て尚ほ不十分なりと認めたる者を增補したるならんと思はるゝ位の事にして格別著るしき變化なきが如し唯舊則に比すれば頗る綿密を加へたりといふに過ぎざるのみ然るに其第六十一號は「朝鮮國に於て製造して日本國に輸入する日本酒類には當分の内左の割合を以て海關税を徴収す醸造酒一石に付金四圓蒸溜酒一石に付金五圓再製酒一石に付金六圓」とある僅々數十の文字に過ぎざれども蓋し酒造税則并に海關税則に關する一大新事なりと稱するの價なるものならん日本酒を類別して一石に付四圓五圓六圓の海關税と定めたるは内國の酒造税と同一の標凖に由りたるものにして彼是偏重偏輕の事あるにあらざるなり例へば日本の灘にて醸造する酒にも朝鮮の釜山にて醸造する酒にも之を日本國内にて消費せんとするに當ては同じく四圓の醸造税或は海關税を拂はざるべからざるものにして灘の酒造人と釜山の酒造人とをして同一の地位に立さしめてる譯柄なり抑も日本と朝鮮との間には日本輸出入海關税の事に關して是迄何等の條約もなし故に我輩は是迄日本より朝鮮へ輸出し又は朝鮮より日本へ輸入する品物に對しては何樣の海關税を課し來りしや未だ詳かに聞くを得ずといへども察するに朝鮮との貿易も他の諸國との貿易と同じく輸出入ともに普通從價百分の五の課税ならんと思はるゝなり目下日本國内にて醸造する日本酒には一石四圓の税あり此税は從價百分の何程に相當するものなるや其正數を知ること困難なりといへども仮りに一石八圓の酒と見れば四圓の税は從價百分の五十に當り一石十二圓と見れば百分の三十三に當り一石十六圓と見れば百分の廿五に當るなり上等の清酒は別段なれども普通の田舎酒には今の税率は從價百分の四五十に相當するの効力を有するものとして大なる違算なかるべし斯く日本國内にて製造する日本酒には從價百分の四五十内外にも達する課税あれども此酒を日本國外にて製造して日本國内に輸入するに於ては税關にて僅に從價百分の五の海關税を課せらるゝに過ぎず此相違は商業上決して輕々に看過すべからざる事實なりと云はざるを得ず故に今若し日本酒醸造に巧者なる人ありて其酒造所を日本國内に置かず朝鮮なり露國なり支那なり又は米國なりに設置して大に日本酒を造りこれを日本に輸入し來ることあらんには船賃の差を引去るも大抵一石に付三圓内外の費用を減ずることならん即ち内國なれば一石の酒を造りて其元價八圓に醸造税四圓を加へて十二圓に達すべき所外國より輸入するものなれば元價八圓に海關税四十錢と船賃若干を加へて九圓内外の所に止まることならん斯くては内國醸造の日本酒は外國輸入の日本酒に對して到底競爭し得べきにあらず攝津尾張の酒造家も忽ちに閉店して政府の歳入も其大部分を減ずるは目前の事ならんと我輩の兼て心痛する所なりしが一昨年の頃よりして彌々此事の世に現はれしといふは是迄在朝鮮諸港の日本人等は其需用の日本酒を總て内國に仰ぎ來りしに一昨年の冬季とか釜山在留の日本人が同地にて試みに數十石の日本酒を醸造したるに案外の好結果を得たるを以て翌年は大に其造石數を增し其得たる所の數百石の酒は獨り釜山居留地の需用に供するのみならず遠く元山、仁川又は露領浦塩斯徳等へも輸出したるが為め從來内國より此地方へ輸出し居たる日本酒は忽ち其販路を失ひしのみならず或は油斷せば今年の冬季九州中國地方人民の飲料はこれを内國に仰がずして反てこれを朝鮮に仰ぐの奇談もあらんかとの掛念は十分世人の心に行渡りたる折柄なるがゆえ今回第六十一號勅令の公布ありて朝鮮製造の日本酒を日本に輸入するには内國醸造税に相當するの海關税を課すべしと定まりたるも決して恠しむべき事柄にあらずと信ずるなり併しながら此勅令は唯朝鮮にて製造する日本酒類を制して恣まゝに日本國内に跋扈するを許さゞるまでのものにして廣く外國製造の日本酒を制して内外平等の地位に立たしめんとするものにあらざるがゆえに或は未だ此一令を目して弊實を塞いで餘隙なからしめたるものといふことを得ざるべきか日本の隣國は朝鮮のみならず露國もあり支那もあり遠くは米國もありて必ずしも造酒の地に乏しからず若し冒險起業の心に富むの人あり此等日本國外に地に在りて日本酒を醸造しこれを日本に輸入するの塲合あるに於てはこれに處する法如何果して前段の弊害を防止するを得べきや如何我輩の甚だ掛念する所なり日本人并に朝鮮人は日本國内に於て時々日本政府の制定する法律に服從すべきこと無論なるがゆえに今回の日本酒海關税に關しても此法を執行するに寸毫の故障をも見ずといへども他の歐米人又は支那人の如きは日本と其國々との間に嚴然たる條約の存在するありて海關税則の如きも條約面に明記しあるがゆえに日本一個の都合を以て勝手に其税則を變ずることを得ざるなり今若し此等の條約國人ありて釜山に於て日本酒を醸造しこれを日本に輸入することあらば其海關税は果して一石四圓を課することを得べきや又は從來の税則に照らして從價百分の五より以上を課すること能はざるべきや如何若し從價百分の五より以上を課すること能はざるものと定まるときは露國とも云はず支那とも云はず又米國とも云はず現在朝鮮の釜山に酒造の根據を搆へ其製造の日本酒を日本に輸入する外國人の現はれ出で來たらんには我々日本人は如何すべきや遂に其弊害に堪ふこと能はざるは明白なるべし實に此等の事情は早々當局者の熟考を促がすに足るものなりと我輩の信じて疑はざる所なり