「登記法」

last updated: 2019-09-08

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時事新報に掲載された「登記法」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

登記法

今回我政府は法律第一號を以て登記法と稱する法律を公〓し其全文は載せて去る十二日の時事新報に在り此法律は今より半年の後來年二月一日より日本國内に施行せらるゝものなり登記法とは地所建物及び船舶の賣買譲與又は質入書入の次第を其地方の治安裁判所又は郡區役所等の帳簿に記入して其地所家屋船舶の持主又は之を抵當に金錢を貸したる人の權理を證明するものにして目下此登記法と同じ性質の事柄は區役所又は戸長役塲などにて取扱ひ居るなり然れども是迄の如き戸長役塲流の登記は時々二重質入など間違ひありしためか世人のこれに信用を措く者甚だ少なく隨て戸長役塲の登記は其効用の及ぶ所誠に狭小なるものなりしなれども今回の新法律には斯る心配のあるべしとも思はれざれば必ずや世人をして之に十分の信用を措かしめ地所家屋船舶の賣買質入等に餘計の手數疑念を要せずして全國の商賣金融上に一大便利を與ふべきや疑を容れざるなり但し此登記法に從ひ地所家屋船舶の賣買質入等を登記するは銘々の隨意たる事にして賣買質入等の都度必ず登記せざるべからずと申す譯にはあらざれども登記所の帳簿に登記せざる地所家屋船舶の賣買質入等は仮令事の實際には賣買質入等を為したるに相違なきものにても登記簿に其事を明記しあらざる限りは他人の其賣買質入等を承知せざる筈なるがゆえに其賣主にて再び其地所家屋等を他人に賣渡すことありとも前の買主はこれを如何ともすること能はず最初の賣買質入等は全く無効に歸すべきなり賣主又は質入主等は其賣買質入等の次第を登記するを好まざる塲合もあらんかなれどもこれを買受け又はこれを質に取りたる人に於ては無効の約束に金を渡すべきにあらず必ず其次第を登記せしめざれば止まざること無論なるがゆえに地所家屋船舶の賣買質入等を登記するとせざるとは隨意なりとは申すものゝ其實は此法律實行以後此等の賣買質入等にして一も登記せざるものはなかるべしと思はるゝなり斯の如く一切の賣買質入等皆登記せざるものなしとして扨其登記料は何程なるやと聞くに同じ地所家屋船舶を登記するにも之を賣買すると質入書入すると家督相續にて譲與するとは各其割合を異にし最も高きは賣買の登記料にして質入書入の分は其半額、家督相續の分は賣買のものゝ五分の一なり今賣買登記料の割合を見るに其代價五百圓までの分は凡そ元價千分の十乃至二十に當り代價千圓内外のものは凡そ千分の七八に當り五千円内外のものは千分の二三に當るなり我輩未だ日本全國の不動産に關する精密なる諸種の統計表を見ずといへども國民の富の程度を推して其大体を察するに地所なり家屋なり其價格に一口五百圓に達せざるもの最も多數を占め千圓内外のものとなれば其數甚だ少なく萬圓内外のものに至れば誠に稀有なりといふて可ならん果して此推察に大差なくば此回登記料の割合は平均して地所家屋等賣買代價の凡そ百分の一に相當するものといふて可ならん登記の便利は申すまでもなけれども賣買の度毎に百圓に付一圓づゝの登記料を要するも隨分困難の事と思はるゝなり今日本全國の地所家屋船舶の總價額は何程なるべきや我輩の未だ知らざる所なれども統計年鑑の調査に依るに全國民有地の總價額は十六億五千三百萬圓とあり此外に家屋船舶もあることなれば登記の管理する財産の總額は少なくとも二十億圓以上のものと概算して可ならん此財産が平均何年に一回其持主を取替ふるものなるや是亦我輩の全く知らざる所なれども今の繁忙多事の世の中に在ては人の財産も十年に一回か又は二十年に一回位は離合の變化を受くるものを想像することを得るならん若し十年に一回とすれば全國内一年間に運轉する地所家屋等の價額は二億圓にして其登記料二百萬圓二十年に一回とすれば一年の運轉一億圓にして其登記料百萬圓なり以上の概算にして果して事實に大差なしとせんには此登記法の實施に由て我政府は年々容易ならざる歳入の增加を得ることならん登記所を設くるが為めには多少の費用を要すること無論なりといへども其失ふ所は恐らくは得る所の十分の一二に過ぎざらんかと我輩の竊に推測する所なり或る論者の説に來年二月一日此登記法實施の後は地所家屋等の賣買質入等に關する證書の證券印税を要せざるものならん此事に關しては登記料は證券印税に交代するものならんとあれども我輩の見る所は左にあらず矢張り其證書には從前の通りの印税を要する上に其次第を登記せんとすれば更に又元價百分の一の登記料を拂はざるべからざるものならんと信ずるなり則ち登記料は今回新設獨立の一種の租税にしてこれが為めに他の現在の租税を消滅せしむるものにはあらずと信ずるなり此解釈の當否は兎も角も此登記法實施して政府は歳入を增し國民は負擔を加ふるの一事は必ず我輩の見る所に相違なからんと信ずるなり