「男女交際會」
このページについて
時事新報に掲載された「男女交際會」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。
本文
男女交際會
我國には古來西洋風の男女交際なくして饗燕會話の席
に光澤ある愛嬌なく男性相集まれば無骨嚴肅にして春
風滿座の趣少なく情歡やゝ熟して主客興に乘ずれば忽
ち無禮講の殺風景に陷ゐるを免れず左ればとて女性其
間に加はれば情交の優美なるを見ずして早く已に肉交
の醜を露呈し樂んで淫せず和して流れざるの興會に乏
しきは實に歎はしき事共なり斯くて貴女士君子の交際
なきが故に男女互に相知らず、知らざるが故に互に相
撰むの方便を得ず相撰まずして突然に結婚の沙汰あれ
ば離婚の場合も亦隨て多からざるを得ず又男女交際な
くして婦女子は戸外の事を知らず其見聞を一家内に限
るが故に社會の智識に乏しくして其心事自から卑屈な
らざるを得ず即ち男女の交際なきは今の男尊女卑の弊
習を生ずるの一大原因なれば此弊習を一掃せんとする
には是非とも男女交際の端を開かざる可らず近來世の
篤事業家中には我國に男尊女卑の弊あるを慨し女子に手
藝職業を授けて追々其自活の道を立て斯くて漸く其位
地を進む可しとて女子職工學校などを設立せんとする
ものなり其心掛誠に殊勝にして今後我婦女子の爲めに
も社會一般の人の爲めにも頗る有益の事なるべし我輩
の大に贊成する所なれとも今の男尊女卑の風を生じた
るは其原因固より一端に非ざれば右等の美學を外にし
て更に男女交際の道を開くの工夫なかる可らず凡そ世
の人心を制して其風俗を矯正するに社會の毀譽褒貶ほ
ど有力なるものなし今男女の交際を開て日本の交際
社會に婦女子を見るに至れば目下西洋風の流行する折
柄、交際の禮數に於ても婦人に地歩を輿ふるは勿論、男
子從來の粗率を以てこの婦人を待遇することもあらんに
は其男子は文明の禮法を知らざるものなりとて交際仲
間の擯斥を蒙るべきが故にせめて外面丈けにても婦人
に對して相當の敬禮を獻ずることならん西洋人中にも家
居傍に人なき折には日本男子の流儀を以て其妻女を御
するものなきにあらざれども此等の人々も一旦稠人の
中に出づれば世間並の敬禮を其妻女に輿ふるを常とす
然かせざれば周圍の交友よりして粗野無禮の批評を來
せばなり斯く外面丈けにても婦人を敬重することと爲れ
ば處能く實を生じて知らず識らず男尊女卑の弊を破る
の實効を奏することもあるべし即ち男女交際の大切な
る所以にして日本婦人の品格を進むるには是非とも此
交際を開かざる可らざるなり
前陳の如く男女の交際果して大切なりとせば如何にも
して之を實地に施すの工夫なかる可らず之を實施する
に就ては先づ男女交際會を設け手始めの事なれば其組
合も五十人乃至百人位に限り夫妻子女所謂交際の味を
知りたる位の年頃の人々のみ月に一二回相當の會場に
相會して談話音樂等の興を催し或は其中の長老者が時
の問題などに就きて言葉優さしく講談するなども一興
ならん或いは西洋のGarden Partyの例に倣ひ別莊などの
園林に會して戸外の空氣中に行樂する等も面白からん
又この會合は極めて簡略を旨として多くの費用を要せ
ず別段富豪社會の集會はイザ知らず尋常人の交際會は
殆んど茶話會の体裁と爲し規制面にて衣服裝飾等も成
る丈け尋常の儘なるを便宜とするやうに導かざれば今
の日本の事情に於て此交際會の傳を廣くすること能はざ
るべし又此男女交際の事は從來其例なきが故に或は入
會を掛念するもの多く會員中にて何か不名譽を冒すも
のなどあれば其原因を擧げて一に之を交際會に歸する
やうの事情もあるべし左れど此會を監理するものは世
上に長者と仰がるゝ人ならざる可らず長者夫妻の周旋
を以て男女交際會を設け世上の人は長者の人と爲りを
信じて自身は勿論其子女を率ゐて爭ふて其交社の群に
入るに至れば夫より以後は次第に交際の習慣を爲して
現に西洋諸國に行はるゝが如き男女交際の風を養成す
ることとも爲らん今後我國にて男女交際の端を開かんと
するに就ては世間の人々皆な此旨を心得、例へば富豪
の人々が冠婚の祝宴等を開くに付けても右の交際を導
くの趣向を忘却せざること肝要なるべく尚ほ世の長者具
騰の地位に立つものは身に風俗改良の任を負ふて追々
男女交際會の仕組を立て世を利し自から利するの心掛
あらんと我輩の切望する所なり