「直に釜山京城間の電線を架設せしむ可し」

last updated: 2019-09-08

このページについて

時事新報に掲載された「直に釜山京城間の電線を架設せしむ可し」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

直に釜山京城間の電線を架設せしむ可し

去月の下旬長崎の方角より來りたる電報の由にて京城

の暴民は瓦礫を各國公使館に投じたり又領議政は其職

を罷められたり抔と吹聽し大坂邊にては支那人が朝鮮

國王以下を拘留したりとまでに傳説したりしかばスワ

何事の起りしかと一時人心を驚かせしが昨今在朝鮮通

信者の報道に接すれば國王の拘留、領議政の罷職等孰

れも皆な虚傳のみ特に暴民が公使館を犯したる抔の事

は根も葉もなきことにして事の原因は支那外交官が閔泳

翊氏の爲めに謀りて一場の虚喝狂言を演したるまで

なりしと云ふ左れば朝鮮京城と日本との間に電線あり

て自由に其音信を通じたらんには數時間にして今回の

事の虚實も分かり由々しくも日本國中の人心を驚かす

等の不都合はなかりしならん但し今日の處にても日本

より上海天津義州を經て京城に達する電線なきに非ざ

れども義州線は支那人の架設に係り其電信局務は專ぱ

ら支那人の管理する所なれど今回我京城通信員が時事

新報宛の電報を京城通信局に托したるに前後其求めに

應ぜず官用の電信も亦等しく拒絶せられて音信を日本

に通知する能はざりしよし左れば此電信線は時々日本

人の使用を拒絶するも又は全く之を許さゞることとする

も支那人の心のまにまににしてこれを如何ともする事

能はざるものとすれば今後萬一の事情あるも日本人は

此電線に由て本國へ通信する能はず又々何樣の訛傳を

生じて如何に人心を驚かす可きや我輩は之を思ふて不

安心に堪へざるなり

朝鮮京城より東京までは義州を經て天津に接續する一

線の電線の相通ずるあれども支那人の隨意に其使用を

禁ずるが故に一朝事ありて電信の必用を感ずる時は恰

かも之を使用する能はざるの都合にて非常の間に合は

ざるは今回の殷震に照らして明白なり因て我輩は我政

府に向ひ朝鮮政府として約を履んで直に釜山京城間の

電線を敷設せしめんことを希望するなり初め釜山長崎間

の海底電線を沈架するや我政府は朝鮮政府に對し向ふ

二十年間他國人をして朝鮮國内に電線を架設せしめざ

るの約束を結びしに昨明治十八年支那政府は義州線を

架設して電線を京城に通せしかば日本政府は同年十二

月高平代理公〓をして朝鮮政府に談判せしめ同政府は

其違約に對して向ふ六箇月間に朝鮮の費用を以て釜山

京城間の電線を架設する旨を約し本年六月はその竣功期

限なりしに事を果さずして更に來十一月まで延期し今

はハヤ九月上旬、電線架設期も追ひ追ひ切迫したるに

拘はらず朝鮮政府にては今日まで此工事に着手する模

樣あるを見ず然るに一方を顧みれば日本朝鮮間の電線

の交通なきが爲め非常の不便利不都合を持來し居るの

始末なれば我政府は直に朝鮮政府に向ひ右の事情を申

明して約束通り急に釜山京城間の電線を架設せしむる

こと今日の切要なる可し或は朝鮮政府にて國用多端其

工事に着手し難きの情實を陳ずるやうの事あらば日本

政府は朝鮮の着手を侍さず先づ自から起工して此電線

を架設するも亦事宜なる可し釜山より京城までは日本

里法にて陸路凡そ百里と號ず此間の電線架設費凡そ十

萬圓内外、少しく工事を取り急がば一箇月間にして竣

功すべし斯くて此十萬圓は朝鮮政府の負債として鑛山

租税或は適當の物産を以てその抵當として年々之を徴収

することと爲し又其電信局一切の事務は日本の管理に歸

して京城と日本との電報を自由自在にする時は朝鮮政

府も其約束を果し日本人も亦是迄の如き訛傳に惑はさ

れて不安の念を抱くことなかる可し若し今日の儘に過ぎ

去らば電線架設期限は再び來るも朝鮮政府は例の通り

其工事に着手せず又々延期の沙汰にも及ぶならん此際

京城の一事變ある毎に義州線は我用を爲さず虚實紛々

相傳へて徒に人心を騷擾するのみならず或は其虚實を

證するが爲め船を出し人を滅する等實際の損害を招く

ことなしと云ふ可らず因て我輩は我政府に向ひ今回の事

に鑑みて即刻朝鮮政府に談判し相當の手續を以て時を

移さず釜山京城間の電線を架設するの英斷あらんことを

熱望するものなり