「養才論(前號の續)」
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時事新報に掲載された「養才論(前號の續)」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。
本文
養才と云ふことは古來官公の筋に行はれて廣く民間の私に行はざるが如くなれども畢竟官の筋の事業は規摸高大十百年の利害を包括し民閒の計畫は兔角目前の私利に忙はしきが故ならんか宋の韓琦、蘇軾の才を奇として此人大に用ゆ可し今之を用ゐずして其才の大成を期す可しとて益々問學に進ましめたりと云ふ大人君子後進を誘育するものは此邊の應接なかる可らずと雖ども韓琦の身若し一國の大臣に非ずして民間の長者、單に私業を營むものなからしめば如何、東坡の才の大に用ゆ可きを見るも奇貨居く可しとて徐ろにこれを大成せしむるに暇あらず先づ之を使役したるやも知る可らず民間にて私業を營むものは其心衞如何に拘はらず目前に忙はしくして養才十年の計に及ばず又及ぶ能はざるの事情あるを知る可きなり目下我民閒の商工富豪家は如何なる人物を採用して其事務に當らしむるやと云ふに大抵下流人民の子弟其遺傳に於て文思理想乏しきものを求めて幼少の時より其年季奉公の門に入らしめ尋常算筆の外に何たる敎育をも授けず偶ま俊才氣骨の者を得れば之を敎育して他日有用の人として使役せんことはせで人を養ふは鷹を養ふが如し飢ゆれば轍ち人に附き飽けば轍ち揚り去る、寧ろ其腹を餒して雄飛の念を生ぜしめざるに若かず抔とて或は其飼養を薄くしてあたら氣骨を凡了し所謂夫の人の子を賊ふ者さへなきに非ず故に私業經營の長者に向て大人風の養才法を説くも今日までの流風に於ては迚も其説の行はる可き機會ある可らざるなり
然るに爰に我日本國に於て民間の富豪長者輩も今より數年を期して大に養才に從事せざる可らざるの事情こそ出來したり其は他事に非ず本紙上にも屡々記載せし如く條約改正の都合に由り今後兩三年中には或は治外法權を撤去して全國到る處に外國人の雜居することと爲り利に穎敏なる外國人は内地に深入して農工商業錢儲けの事に於て内國人と大に競爭を試むべく其頃には鐵道も日本全國を貫き支線隨處に蛛網を張りて人事の交通は一層の繁劇を加ふべく民法も成り商法も成り諸規則諸條例もいよいよ出でていよいよ繁く其結局は一寸したる財産の取引を爲すにも一應法律家の指揮を仰ぐやうの勢を成すべく英語の用はますます廣く日新文明の道具器械は西洋人に到る處に伴ふて其利用を顯すべく、尚その上にも亞細亞博覽會及び國會の開設なともありて一時人心を驚かすべく日本の社會は今後數年間に恰かも化學的の變化を生じて天地の一新を見ることならん天地新にして人改まらず、從來の富豪長者が從來の儘にて此間に立ちたらんには看す看す新空氣に吹倒さるゝこと明々白々の道理なれば富豪長者中苟も身を重んじて居家處世の謀を爲さんと欲する者は今日より豫め此新天地の拓開に應ずるの覺悟專一なるべし抑も此新天地は東洋に於てこそ新らしけれ一朝西洋諸國に至りて見れば誠に有りふれたる現象にして此間に立つの法も左まで六箇敷きことに非ざれば彼の長者輩も外情視察のため自から奮て海外の諸國を尋問するは勿論、尚その上にも事務職業柄に由りては其向きに適當したる少壯の人物を派遣し無形の人事なり有形器械的の働なり之を知りて之れに當るの道を求めしめ最近文明の摸樣を視察し法律經濟商法製造等其主義の變遷日新の有樣より現在商社の組織、製造所の管理、職工の從役法等に就き夫れ夫れの新工風を見聞し尚實際に亘りては後來日本にて輸出入の手順如何をも勘考し又諮詢して發明する所少なからざる可し即ち商賣上に知見を增したるものにして知見廣まりて勇氣を生じ歸國の後に西洋の國と取引を開き又其人に交はるにも左まで難澁を覺へずして他人の狼狽する時節にも平氣に事を處し他人の未だ氣の附かざる處にも冥々の利益を占むる等意外の好結果を得ることならん而して其人才を海外へ派遣するの費用は巡歴三年間と見積りても一人に就き僅々四五千圓に過ぎず此四五千圓を以て養ひたる人が幸にして物の役に立ち商賣製造等の事業に於て大に其才を用ゆることあれば大金を運動する其間の利益に四五千圓に效能を顯はすは實に立談の間なる可し目下我國に於ても少しく活眼ある商賣人などは稍此に見る所ありてか漸く右の養才法を採用し有爲の才を撰んで之を海外へ派遣する向もあるが如くなれども日本全國の富豪長者中未だ此眼力を具へざるもの多きは當人の爲めに謀りて唯傍より氣の毒に思はるゝのみ西洋諸國にて富豪の聞えあるものは平常巨額の金を散じて内外遠近に種々樣々の人を抱え置き他の祕密を聞き或は其事情を知るの便に供し商賣上の掛引を決する時などに往々此種の人の通信を利用することあり現に英國の金穴ロスチャイルド氏の如きは歐米各地に右等の人物を保護し置くこと數多なるが故に各國の事情外交和戰の關係等は其報知に接すること迅速にして或は英國外務卿の知るに及ばざる處を知る程なりといふ文明世界の大金滿家にして商賣上の掛引に從事する者は斯くなくては叶はぬことならん近頃の事なり或るペテン師が東京より程遠からぬ地方に赴き去る筋の威光を利用して其地方の金滿家に説き今度牧畜の會社を創立するに就ては各々方も加盟ある可し、又斯かる會社に資本金少なくては外聞も宜しからざれば實際は數千圓にて間に合はせ名義上何萬何千圓出金の筈に致さる可しとの遊説に服從する其際に種々入り込みたる證書を取られ程なく會社の滅亡と共に裁判上申譯立たずしてムザムザ何萬圓金を請求され不骨古風なる金滿家は其ペテン師の瞞着する所と爲りて今尚出金を強請さるゝ最中なるやの風談あり金滿家の迷惑想ひ見るべく氣の毒千萬なりと雖ども彼等が其平常の家道に所謂爪に火を燈すの吝嗇を專らとせずして少しく法律の心得あるものを顧問として證書の取り遣り等は一々之れと相談することもありしならば縱へ積極的に利益を得ることなしとするも消極的に右等の損害を防ぎてあたら何萬の大金を取らるゝこともなかりしならん一文客吝みの百知らず、其情は憫む可きも其愚は實に笑ふ可きなり是等は内國人同士の間柄なれば事も亦甚だ小なれども内地雜居の後外國人に對して右等の關係を生じたらば如何、日本人の面目に掛けて實に不容易の事ならずや此等の事情を思ひ合はすれば我民間の富豪長者は今より數年後一新の天地に入るの準備として私の養才に從事せざる可らざるや明白なり若しも然る能はずして自から滅亡を招くは自業自得我輩の關する所に非ざれども一應天下の大勢を示して世上の富豪長者の爲めに今より養才法の心掛あらんことを勸告し置くものなり (完)