「官費を歎願するよりも外資を利用す可し」
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本文
官費を歎願するよりも外資を利用す可し
政府の保護を受けて商業を營み又は政府にて直に商賣
の事を行ふは國のために永遠の不利なりとは我輩の宿
論なり其次第如何と云ふに郵便汽船又は鐵道會社に保
護を與え又郵便電信の事を政府の手に執るが如きは其
事柄の大にして利益の遠きがために止むを得ざる譯け
なれども尋常一樣人民の私に爲す可き商業に付て例の
拜借金を許すの習慣は其害甚だ容易ならず世間に何か
新に事業を企てんとする者が種々樣々に周旋して國庫
の金を借用するの守備に逢へば今回何々の事を起し其
筋より厚き保護を蒙る云々とて手柄らしく公衆に吹聽
すれば凡俗は之を咎めずして却って之を羨むものゝ如
くなれども抑も其筋の保護とは政府が人民より取立た
る無税の金を特別の一個人又は一會社に貸與することに
して其人其會社が損亡して返納を怠り又は皆無の身代
限にもなれば其禍は詰り大勢の人民の頭に歸せざるを
得ず而して實際に於ても其返納を怠り隨て永年賦皆無
同業の始末になりたるものは甚だ珍らしからざるよし
〓〓の事は大抵世間の人の知らざる間に出來る習ひに
して公然その始末を詳にする者なしと雖ども若しも維
新以來今日に至るまで拜信保護の金額を記し其差引勘
定を明にして國庫損益の計算表を製作したらば損亡の
高は容易ならざることならん即ち日本國民は政府の公
費を拂ふたる其上に拜借保護と名くる一種の別途費を
納めたるものにして甚だ道理に叶はぬ事なり
又政府が直に商業に手を出すか又は人民が非常の保護
を求るときはその商業にも非常の事を行ふは自然の勢に
して商家〓當の双露盤に上る可らざる奇を働くが故に
錨鐸の利を爭ふ商人輩は此奇商人のために賣崩され又
買崩されて間接に禍を蒙ること少なからず或は某銀行
が非常の保護を蒙りて非常の低利の金を貸出し其地方
の金滿家は之がために其資本の活動を妨げられて當惑
するが如きは我輩の毎度耳にする所なり又或は官有の
石炭坑にて非常に採掘して非常に輸出し遂に海外市上
にて日本石炭の價格を落し之がために内地民有の炭坑
は其業を廢せんとするに至りしこともありと云ふ
右は官の保護を蒙りて商業を營み又は其業を直に官の
手に執りて之がために時としては國庫の損亡を致し又
は尋常の商人が難澁する次第なれども凡そ人間世界の
事は傍より道理を以て其利害を論ずるも之に感服する
者少なきを常とは況んや其事に當る者には自から局處
の道理ありて迚も他の道理を聽く可きに非ず且又利益
を見て之に走るは商人の當さに勉む可き道にして拜借
にても保護にても又或は特別の用達にても苟も自身自
家に利益あらんには之に蝟集して守備を求ること今世
の智者ならんなれども如何せん拜借保護等は其請願者
の人物身分の外に一種の因縁あるに非ざれば叶ふ可き
事にあらず又政府の國庫にも固より限ありて漫に之を
許さんとするも得べからざれば千百の歎願者中願の趣
を聞屆けらるゝ者は陰陽表裏に其因縁の最も濃厚なる
一二の者に止まる可し左れば我輩は拜借保護の利を不
利なりと云ふにあらず叶ふことなれば手蔓を求めて頻
りに願ふこそ利益なりと思へども願ふて叶ふ可き機會
は甚だ少なきが故に爰に日本國中有爲の商人のために
謀れば千辛萬苦して徒に千百中の一二を僥倖せんより
も今後は方向を轉じて外國人の資本を利用するの一策
を勸告する者なり歐米諸國は資本豊にして利子の割合
低く日本は之に反して勞力の價低くして利子高し（近
來日本の利子の低きは一時の變態なりと知る可し）利
子低き國の資本を移して利子高き國に用ふ、小兒にも
分り易き利益なれども是れまで我國人の私に外資を用
ひたるの談を聞かざるは外國の資本家が我内地の事情
に不案内にして日本國人の中共に謀りて事を爲す可き
人物を見出さゞりしが故のみ即ち其資本を内地の事に
卸さんとするも都て不安心なりしが故に差扣へたるこ
となり故に今日我商人中にて相應に資産もあり又其人
物も慥なる者が漸く外國人と交際を開き或は彼國に往
來して其商賣の談漸く熟するに從ひ共に謀りて大に内
地に爲すことあらんとせず日本國中遺利甚だ少なから
ず鑛山の採掘す可きものあり土地に買ふ可きものあり
河海に漁獵の見込みあり山林に伐木の利あり或は地理を
見立てゝ製造所を設け勞力の廉なる日本の職工を使用
したらば其製造品は日本人に賣て利益あるのみならず
海外に輸出しても歐米の市上に價を競爭するを得べし
即ち外國商人は利子に低き資本を利用し日本商人は内
地の事情に明なるの便利を利用し双方の長短を補ふて
事業を爲すの趣向なれば其利益は双方に歸して滿足な
る成跡を見る可きや明なり唯この事に就ての要用は外
國人をして先づ安心せしむるの一點なれども双方既に
相識りて之に加るに日本の商人も空手の企にあらず多
少の資本を出して外資に合併するの仕組みなるが故に相
互に猜疑の念ある可らず殊に内地雜居の日に近づき日
本の法律に從う者は外國人にても日本人同樣に内地の
不動産を所有して差支なく諸株券公債證書等も自由に
賣買す可き時節にもならば外人には一層の安心を増し
て資本を卸すに躊躇する者なかる可きなり
以上の趣向にすれば徒に外國人をして内地の利を得せ
しむるなど窮屈論を唱ふる者もある可しと雖ども凡ろ
今の世界に資本ある者は其資本に對する丈けの利益を
取る可きこと普通の經濟法なれば日本の如き資本に乏し
き國は他國の資金を利用して其利子の割合さへ低く
ければ之に滿足せざる可らず然るに尚ほ此低利にても
外資は好まずと云ふが如きは商賣外の痴言にして固よ
り取るに足らず且外資を用ひて内外商人が共に事業を
執るときは其事は必ず商賣の正則に從ひ如何なる大金
を利用して如何なる大利益を得るも品物を賣崩し又買
崩して他の商賣の妨を爲すが如き掛念は決してある可
らず如何となれば其資本は利を重んずる商人の眼を以
て監督すればなり左れば内外商人合力の商業は我商人
一個の利益のみならず廣く我商賣社會のためを謀りて
も彼の官有の商業又は少數なる拜借保護商人等が時と
して賣崩し買崩しの波を揚げて他を難澁せしむるもの
に比すれば同日の論にあらず是れ亦た偶然の利益なり
故に我輩は公私兩樣の利益のために天下有爲の商人に
勸告し今より大に用意する所あらんことを冀望する者
なり