「師範學校の生徒」

last updated: 2019-09-08

このページについて

時事新報に掲載された「師範學校の生徒」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

師範學校の生徒

本年四月九日第十三號勅令の交付に由り師範學校は大

に面目を改め其經費の如く是れまでは各府縣に於て專

ら府縣會の議に任じ時として困難の事情もありしかと

も自今以後尋常師範學校の經費に要する地方税の額は

府縣知事其豫〓を調整し文部大臣の認可を受く可しと

あるからには一層の重きを加へて府縣會に議決する所

も必ず豊にして學校の維持は易く隨て教授も行届く

ことならん我輩の最も贊成して悦ぶ所なり

扨師範學校の仕組は右の如くにして之に入る可き生徒

は如何なる種類の者なる可きやと尋るに富貴の子弟は

入學することなかる可し如何となれば師範學校の目的は

卒業の上專ら公立小學校長及び教員たるに在りて其地

位高からざるが故に苟も身分資力ある父兄なれば其子

弟のために小學校長教員の地位を求めざる可ければな

り或は近年は徴兵云々のために少年を官公立學校に入

るゝこと流行するが故に卒業後の成行は兔も角も差向

き一時の好手段として假令へ良家の子弟にても入校す

る者多かる可しとの説あれども師範學校の卒業生は卒

業證書を受けたる日より向ふ十箇年は奉職の義務ある

が故に富貴の子弟の身分に取りて考えれば三年の兵役を

遣れても十年間小學校に服務とありては得失何とも決

し難きことならん

左れば富貴の子弟は敢て其入校を望む可らざるも然る

も尚こゝに一種の少年あり即ち士族の子弟にして此輩

は平生就學の志あれども今日既に困窮して後來生計上

に少しも目的なき者なれば師範學校にて衣食迄も給與

して教育を授けらるゝとあれば必ず之に群集して入學

を求ることならん且士族の子弟なれば其身こそ貧窮なれ

とも祖先遺傳の教育も今尚消滅せずして自から氣品も

高く成業の上は必ず順良親愛威重の氣質に乏しからざ

る教員たる可しと雖も扨此場合に至りても困難事は小

學教員給料の一條なり小學校の經費は授業料及び寄付

金等を以て支辨し不足の分は區町村費より之を補ふの

法にして日本國民平均の資力にて多分の授業料を拂ふ

ことも難く左ればとて限りなく區町村費を取立てゝ之

を支辨することも相成らず何れにも小學校は節儉に節

儉して維持するの外あらざれば校長教員の俸給も必ず

豊なるを得べからざるや明なり近日各地方の内情を聞

くに今の有樣にては小學教員の月給を十二圓より以上

にするは甚だ難かる可しと云ふ或は實事に近き豫算な

らん若し此豫算にして大に違ふことなくんば師範學校

の卒業生は服務十年の間毎月十二圓金を得るに過ぎず

十八歳にして入校し修學四年二十二歳にして卒業始め

て小學教員の務に服し是れより十箇年の奉職三十二歳

に至るまで月給十二圓にては僅に一身の衣食を支るの

みにして固より以て家を成すに足らず前途の望淋しき

ものと云ふ可し但し十三號勅令の第十一條に尋常師範

學校の卒業生は公立小學校長及び教員に任ず可きもの

なれども時宜に依りては各種の學校長及び教員に任ず

ることを得るとあり又本年五月二十八日文部省第十一號

尋常師範學校卒業生服務規則第一條にも卒業生は十箇

年間教職に從事するの義務なりとして小學教員と限ら

ず其第二條に卒業生は五箇年間其の府知事縣令指定の

學校に奉職するの義務を有すとあるが故に卒業生の中

拔群の者は各種の學校長又は教員に任ぜられて至當の

俸給を得ることもある可きなれば隨分身の進退に窮す

ることもなかる可しと雖ども其中の幾部分は大体の法

の如く小學校に服務せざるを得ず然るときに其幾部分

の卒業生即ち小學教員は如何なる人品の者にてある可

きや其者等は就學中都て公費に依頼して云はゞ公共に

負債ある身分なれば其負債に報ずるに奉職の義務を以

てするの姿にして必ず良教員なる可き筈なりと雖ども

都て物品の性質は其價に相當すること人間社會經濟の

大主義にして容易に動かす可きにあらず如何なる事情

あるも如何なる理屈あるも物と價とは必ず相當の點に

出ること不思議なるほどのものなるが故に今小學校に

て教員の給料月に十二圓なれば樣々の事情理屈は之を

取除きて大体その教員も亦十二圓内外の人品ならざる

を得ず或は減じて六圓なれば六圓の人品を得べく、倍

して二十四圓なれば二十四圓の人品を得べし俗に所謂

金次第なれども前に云へる如く日本國民の資力は今日

尚未だ大に小學校に金を費すを得ず遺憾至極の事共な

り依て我輩は一策を案して次號の紙面に記し以て大方

の高評を乞はんとす