「改良劇場の管理」
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時事新報に掲載された「改良劇場の管理」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。
本文
改良劇場の管理
西洋風の新劇場を建築し好俳優を出して好脚本を演せ
しめ其序に諸道具向きを改良し從來の演劇場に寄生す
る總べての蠧害物を一新す可しとは今の演劇改良論の
大体にして我輩の夙に贊成する所なり斯くて世論も漸
く熟して右の改良論に異議なき今日、我輩は其劇場管
理の實地談に人て一言世人の注意を乞はんと欲するな
り西洋諸國劇場の管理法は固より種々樣々なれども通
例の處にては俳優の首座即ち座頭なるものが自から一
個の劇場を所有し金主と爲り勸進元と爲り下役の俳優
を雇ひ作者と談判して好脚本を見立て又之を買入るゝ
等を始めとして會計上の利害損益は一切座頭の負擔に
歸し俳優自身にて其劇場を管理するの法にして見物人
の多寡は座頭に直接の關係を及ぼすが故に俳優が其藝
道に熱心するの頗る厚きのみか大劇場を管理する者は
多人數を使役し多金額を出入すること小政府一省の大
臣よりも大なる程なれば俳優の首座は大資本の主人公
にして其社會に對するの位置も亦自から貴重ならざる
を得ず斯かる仕組にて劇場の管理一主人に歸すれば演
劇の妙を蓋し觀客の便利を謀ること切にして日本流の茶
屋小者抔云ふ蠧害物は迚も其間に寄生する能はず隨て
會計散漫の患もなく萬事都合宜しき由なれども今の日
本の劇場に於ては其管理法宜を失ふもの甚だ少なから
ざるが如し第一勸進元なるものありて他の金主より金
を借り出し其金を以て俳優囃方を雇ひ諸裝飾道具を
調達し興行中日々の收入を以て諸雜費を支拂ふの法な
れども從來の風として劇場を以て恰かも投機流不確實
の業と爲し其會計出納に關するものも亦其流の人物に
して有れば有るに任せて費やし大入なれば豪放贅費を事
として烟と爲し不入なれば金策に汲々として高利の金
を借り入るゝ其際に種々已むを得ざる事情を生じて次
第に蠧害物の寄生を許し勸進元は常に借金の褥に座す
るの實あり即ち今日の實際に於て芝居ほど儲かるもの
なく又芝居ほど損するものなき所以にして結局管理其
法を得ざる罪と云ふ可きのみ
劇場改良は今の輿論と爲りて過般は演劇改良會なるも
のも起り從來の卑陋演劇を一新して文明流の優美なる
演劇を開かんとするの運に會したり然るに演劇は文教
の一端にして外國人抔に對する時はその美醜巧拙は恰か
も國の文化の度を表するの場合なきにも非ざれば我政
府に於ても窃に其學を贊成して幾分の保護を加ふるや
の趣あり又一個人の資格に於ては朝野歴々の貴顯紳士
が發起贊成の列に加はりたれば追て西洋風の新劇場を
建築するの運びにも至る可きや疑を容れざる所なれど
も斯くて劇場の落成したる處にて其管理法は如何す可
きや從來の劇場を投機者流の手に任じて管理せしめた
るは間違なりとて之を基手より引き渡すは可ならんと雖
も第二の管理者に人物を得ざるときは仮令へ俳優作者
の方は目的通りの好都合に運ぶも管理法に一着を誤り
會計上漸く奇相を現はして彼の蠧害物の如きも人を取
替へ裝を改めて其間に出沒し演劇改良の夢は忽ち醒め
て一場の兒戲劇場に歸することなしと云ふ可らず此の事
は演劇の開業を待たず建築工事の其の初より聊か心配
す可き所なり左ればとて百般の事を以て直ちに宮家の
手に執るか又は例の如く御用達の紳商に命じて演劇の
當局者は會計上の利害に關することなく御用の建築落
成して御用の芝居を開き觀客は恰も官衙に出頭するの
想を爲して歌舞伎見物の義務者たるが如きも亦甚だ不
都合ならん、之を官にすれば嚴格に過ぎて無味なり、之
を私にすれば不取締に流るゝの恐あり、結局獨立商人
の事にして心術資産共に獨立の位に居る者が主として
事業を企て政府に談判して官金をも其費用の中に加入
すると申す位の釣合にて始て穩なる可し今の商人社
會に其人ある可きや否や之を得ること易からざる可し
演劇改良の熱心家は既に第一着の理論を講じたれども
我輩未だ其二者の實際論を聞かず而して改良實功の大
成は特に其第二者の仕樣如何に存するものなれば今よ
り一歩を進めて更に此邊の工風こそ要用なる可し