「軍國の交通」

last updated: 2019-09-08

このページについて

時事新報に掲載された「軍國の交通」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

軍國の交通

日本の國と爲り今後陸海軍孰れを擴張するに適するや否は〓く論ぜず陸軍の爲めにも海軍の爲めにも目下緊急必要なるものは内地の交通即ち是なり盖し近代の兵の勝敗は武器の鋭利と兵卒の熟練とに在るとなれども内地の交通不便にして随時戰地へ出張する道なき時は〓す〓す軍機を誤りて利器精兵も夫れ丈けの働を現これを能わず當局の人の身に取りては神系頴敏にして身体麻痺するが如く煩悶に堪えざる程の次第なる可し今歐洲中原の模様を聞くに武器の利、兵卒の精は申す迄もなく之れに加えて軍國の交通随處至らざる所なし特に佛獨の両國は多年積怨の間柄なれば常に其武器の鋭利を競い一方にて改良武器を採用すれば一方にても亦之を採用し負けず劣らず互いに其改良武器に引換えることを勉むる者の如し抑々武器引換へと云うとは銃砲其他の武器に改良發明あるに當り從來の舊武器を癈して更に新調の良武器を用いることにして其都度、軍事の經濟に非常の影響あるが故に貧弱國にては他國にて改良武器を採用するを見、其武器の實際上果して鋭利なるを見るも之を新調する費用に堪ずして其引換えを果たさざるを常とす然るに佛獨の兩國と爭て新發明の武器に引換え其都度充分に新武器の準備を爲し佛國などにては目下陸軍用の小銃軍人一名に就き凡四挺餘を備え今後之を五挺にせんと目下其容易中の由、武器の鋭利斯の如く顧みて軍國の交通如何を見れば鉄道國内に縦横して一朝警報に接すれば直に勢揃いして直に戰地へ出張する其手廻しの迅速なる所謂天兵飛降の字義も空しからず特に軍中に兵〓部なるものありて兵卒糧〓一切の運搬方と掌り一旦事あれば其地方の鉄道は官私を論ぜず一切兵〓部長の管理指揮に歸する法なれば軍器糧食等の運送は國中到る處自由自在にして地〓〓の陸戰には殆ど戰地の遠近を計算外にする程なりと云う

今我國の軍備を見るに殘念ながら歐洲中原の國々に比す可きに非ず國の進歩の先後、是非もなき次第なれども其中或る部分に就て見れば漫に自から輕んず可からざるものあり例えば陸軍の部などにては兵士の熟練近來〓の外に進み從來はスナイドル銃を採用したるに過般は之を彼の内外に評判高き村田銃に引換ること爲し今日の處にては熊本〓〓を除く外〓〓村田銃に〓したりと云う又兵卒が此銃を取扱う熟練は〓々進歩の有様にて目下尋常の兵卒にても村田銃ならず一分時間に十七八發抜群の者は二十三四發を放つ手際ありと云う我國の武器と兵卒は斯く進歩する其傍に内地の交通如何と云えば鉄道の敷設延長甚だ緩漫至極にして大都會の間を聯接する線路さえ未だ成就せざる有様なれば況して國の端より端に達する便利なく個の狭〓なる馬背大の小國にて不幸一朝其一端に事あれば其地方の〓〓より發兵するも尚往復或は數日間を費す所なきに非ず交通の不便利如此にては精兵利器幸いにして略〓整備するとあるも其働を現わす能わざる掛念なきを得ず目下我當局者も思此に及ばざるに非ず國の全体の經濟の點より鐡道敷設を取り急ぎ東海道線路も至急に安んず可きに非ず廟議早く全國の幹支線の由る所を定め民設鐡道を許すなどの豫算もあらば其個處を指定して企業者の計畫を便にせざる可からず鐡道の利益は我輩諸般の事情より之を極論したるが故に今敢て之を〓せず差當り軍事の大計より考えて利器精兵を活〓に運動せしむるには速に鐡道を敷設して軍國の交通を便にすること肝要なりと斷言するものなり