「英語の流行」
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時事新報に掲載された「英語の流行」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。
本文
英語の流行
今は距る二十年前明治維新の際に當り日本の交際社會に漢語を用いること次に流行し談話にも文章にも兎角從前世俗の耳目に慣れざる六箇敷漢語を交えざれば世人の尊敬を博するに足らざることゝなり知るも知らぬも唯むちゃくちゃに漢語を使用して自から得意としたるとあり盖し明治維新の變革は或は復古などいう名稱をも下して社會の事物再び昔しの有様に立戻ることを期するものなりと誤解したる人もありしが如くなきどもこは全く事の實相を見ること能はわりしものゝ早合點なり維新變革の實力は専ら古きを厭いて新らしきを喜ぶ人心に在て存せしものにして此人心を左右したるは老人にあらずして少年なりしなり貴〓裕福の士にならずして大〓無頼の書生なりしなり此少年書生等の希望する所遂に全國の大勢を成し幕府を倒し封建を癈し社會一切の〓秩序を破壊して惜むことを知らざりし然るに書生等は固と世俗の禮儀作法に〓わず人に向て寒喧の挨拶を爲すにも塾部屋に於いて朋友團坐議論舌戰の用語法の外を知らず手紙を認むればとて漢文尺〓有譚流の文〓を用いて其文字も當時俗通の御家流なるものにあらずして支那古法帖の奇變至極の字体を〓しびんびんぬらくら乱筆に走書するを以て得意としたり若し秩序の整然たる世の中ならんには斯る事柄の世の流行を成さんは極めて覺束なる事なるといえども如何せん天下は少年書生の天下にして少年たらず書生たらず又少年書生の爲す所に倣わざる者は世に立て人と交わること能わざりしなり是則ち社會一般の言語文章に至るまでも當時書生の流義を模して遂に大に漢語漢文の流行を成したる所以なり
然るに明治十九年の今日に至りては漢語漢文は既に時勢に後〓て世に用なく談話に文章に偶ま二十年前の書生風を學ぶ者あれば世に愚狂視せられて人と〓すること能えあず而して今日恰かも二十年前の漢語漢文の地位を占めて大に流行を成せしものは英語英文即是なり英人は世界を以て家と爲し貿易に由て國を成すものなり世界廣しといえども英人の徃かざる所なく英人の徃く所として貿易なきはなし故に苟くも世界の貿易に關係を有する者にして英語の必要を感ぜざるはなく英語の流行は日に其區域を世界に廣むる折柄殊に我日本人にして英語を知ることの必要なら所以は歐米文明國中にて我最近の隣国は英語を國語とする米國なる〓上に從來東洋一般に政事上並に貿易上の全權を掌握する者は英國にして日本に來住する最多數の者も英米人なり此等事情の然らしむる所目下日本にて苟くも文明開化の何物たるやを知る者といえば多少に英語英文を知らざる者なくこれを知らざる者は仮令其身に何程の才德藝能あるも尚お文明人たる資格を欠くものと世人に評定せらるゝ有様なり殊に近年外國との交際徃來日に益繁多近密を加え日本を去て海外に航する者の先ず英語の知識を要するは勿論内國に在て公私の事に當たる者に於ても先ず知らざるべからざるものは英語にして偶ま英語の知識を欠く者は日夜細大の故障に遭着して一歩も進むこと能わざる想あり此際又條約改正の業成らば直ちに全國を開いて各地到る處内外人の雑居を許すべしとの噂ありて世人も大に豫〓覺悟する所を知り何は差し置き先ず英語を知らざるべからずとて老若男女を論ぜず熱心に英學に従事〓る其有様は實に驚くに餘りあり内外人雑居は時勢の然らしむる所早晩避くべからざる事柄にして〓人の言う所に相違もあるまじ若し果して雑居の日に至らば外來の歐米人等も多少に日本語を稽古して彼我交際の用を便にせんこと無論ならんといえども盖し此事は大に望むべくして〓も大に行わる可らず結局日本人が先ず自から勞力を惜まず在來歐米人の中に通用する或る國語に習熟するにあらざれば永く彼我の便用を欠くべきや必然ならん果して然らば彼我普通の公證文又は訟廷の用語の如〓外國人に關係を有する塲合の者に於いては日本語の外に他の國語を用いるを許す必要もあるべし左ればとて世界に村税する幾多の國語をして皆我訟廷に通用せしめんとするは事の實際に行わるべき事柄にあらざるがゆえに中に就き一種の國語を〓んで此普通用に供すること自然の理ならん而して今我輩の見る所を以て此撰〓を按ずるに英語の外に出づべからざるなり是れ人爲の依〓にあらず自然の勢の歸する所なればなり斯の如く一旦全國雑居の事成り英語を認めて第二の日本國語と爲す日に至らば英語の流行實に今日に幾十百倍すべきは無論の事にして時勢の必要此流行を成す日既に目前に迫りたるものといいて可なり苟くも日本人に生まれて世に求めある者は早く今日に覺悟して此流行に後れざる工風を盡すこと極めて大切の事なるべし