「養蠶は國權の根本たる可し」

last updated: 2019-09-08

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時事新報に掲載された「養蠶は國權の根本たる可し」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

養蠶は國權の根本たる可し

外交の輕重は實の利益に在て存す國の重きを成さんとすれば國民須らく殖産の道に志して貿易を盛ならしめ外國人の自利心に訴えて我國權を維持す可しとは我輩の持論にして其大意は前號の紙上にも開陳したり〓この説を尤なりとして之を施行するに如何の手段あるやと尋るも自然の順序にして其答辨の責は我輩の免がれざる所なれば記して以て大方の教を乞わんとす我貿易の有様を見るに明治十八年の輸出金額凡そ三千六百二十萬圓にして之を支那貿易に比するに明治十七年(十八年の報告は未だ之を得ず)同國の輸出九千二百萬圓とあれば大數三倍の相違なるが故に若しも日本國民が今より勉強して輸出の物産を増し三倍の高に達するときは我國も貿易商賣の點に於いては先ず以て支那と同等の地位に立つを得べし即ち西洋人の眼を以て視るに日支兩國の間に輕重の別なく日本國を重んじ日本人を親しみ日本の權理に左〓應援する情も今の支那に於けるものに異なることある可からず如何とあれば彼等の自から利する所兩國に對して正しく同様あればなり左れば今日我貿易に向て多を責めず先ず支那の如くなるを以て第一着の所望として其實際に達する方を案ずるに我輸出三千六百二十萬圓の内一千四百四十七萬餘圓〓此二品の生産を勉強すれば輸出の高を増加すること決して難事にあらず或人の説に茶の算出は近年印度地方に盛にして殊にセイロン島の如きは今後四五年の内に非〓の輸出に至る可し日本の製茶人が何ほどに勉強するも熱帯の天然力に競爭は叶わざることなれば早〓の本茶の輸出は癈止に歸す可しと言う者あり是れも實は程遠きことならんなれども經濟上に道理ある説なれば製茶には大に〓を属することなくして我輩は單に生糸の一品を以て我貿易を擴張せんと欲する者なり開港以來生糸業の進歩したるは非常の勢にして殊に明治維新〓〓の後士族等が様々の事業を試みたれども思わしからずして漸く近日に至り田舎士族の末流にて執る可き業は養蠶なりと殆んど一定の異論を威してより各地〓〓る處に〓論を聞かざるはなし且この塲合に至れば士族〓〓したりと雖ども尚お能く下等社會を支配する勢力に乏しからずして士族の〓う所は小民〓も亦〓〓〓き、士族〓〓〓率先し、學者論客これを賛成し、〓〓〓〓より之を〓〓し、〓々たる長足の進歩これを駐めんとして留む可からず我日本を擧げて養蠶國と爲す日は〓し遠きにあらざる可し絹糸の〓〓は羊毛の粗〓に優れること百倍にして文明國人が富實を致すと共に快樂を求める情も亦次第に増長し毛を捨てゝ糸を取る勢は今日の事實に於いて既に見る可し内の養蠶は月に日に進歩して留まるを知らず其産出品の市塲は全世界に開て品物の多きを厭わず無盡の實藏無盡の市と云うも可ならん既に此盛大の日に至らば生糸の一品を以て年に幾億圓の輸出を告ぐ随て亦これに對する輸入ある可し去年の報告一千四百萬圓の輸出あり僅に之を十倍しても尚お一億四千萬の數を得べし既に今の支那の輸出に超過するものなり然り而して此數は決して我輩の空想に非ず唯我國人の心掛け次第にて數年の間に成る可き事業なれば口を放て其利益を説かざるを得ず抑も我輩が養蠶の利を言うは今日に始まらず日本の米田麥〓愛しむに足らず其變ず可きは斷じて桑田を變ず可し米を食わんと欲せば熱帯國の米を買う可し麥の需要は米國より供給す可し云々を説き去りて天下の具眼者にして利を知る人はこれに異議なき様子なれども今度は立言の筋を國交際の方向に取り文明國人をして日本の交際を重んぜしむる其根本を尋ねても次第に之を論究すれば終に養蠶の需用に歸するが故に桑田と外交を〓なき様なれども其聯絡を示すが爲めに兩日の社説を作りたるのみ