「株式取引所の頭取」

last updated: 2019-09-08

このページについて

時事新報に掲載された「株式取引所の頭取」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

株式取引所の頭取

凡そ世の中の仕事は其性質自身に於て貴賤輕重の別あるべき筈なし官吏が役所に出勤し學者が著述に從事し〓者が病を診察し法律家が代言の依頼に應じ銀行員が金銀を賃借し相塲師が投機賣買し船頭が船に乗り役者が藝を賣り八百屋が大根を賣る等均しく是も仕事なり商賣なり何れにしても貴賤輕重の差あるべからず然るに世の人の心に於て其間に非常の分け隔てを設け之に貴賤の名を付するものは何ぞや仕事の性質に於ては相違ある筈なけれども畢竟之を取扱うものの人品如何に由りて其仕事にも自ら貴賤の差を生じたるまでのみ學者の仕事の貴きはその仕事の貴きにあらずして學者の心事高尚なるが故に貴きなり役者稼業の賤しきはその事柄の賤しきにあらずして役者の心身卑劣なるが故に賤しきなり本來仕事の性質に貴賤の別なし之を取扱う人品の如何に存するのみさて今商業なるものの性質は如何と尋ねるにその筋柄素より賤しきものにあらず今の文明の世界に於ては商業即ち立國の本にして之を外にしては國を富強にする道なし即ち性質の最も高尚上品なるものにして之を貴重するこそ相當なるべきに我國古來封建制度の習として士人は専ら文武を業として忠君護國即ち官の務めに任じ商賣の事は平民即ち素町人の手に委してその卑劣の成行に任せたれば其業体次第に下品に赴きて士人の一顧を買う能わざる事となり一方は益を貴く益す高く一方は益を賤しく益を低くなり官といえば雲の上に昇るが如く民といえば地の下に在るが如く其間に一大〓溝を〓し終に今日の官尊民卑の有様には文至りたるなり然りと雖も今の世は昔に異なり昔は武を以て國を護りたる代りに今は商賣を以て國を護るが故に商賣の業たれを素町人の事として度外に〓くべくにあらず宜しく商業の地位を推上げて人事の頂上に達せしむべしとの旨は我輩の常に論ずる所なり

商業の種類多きが中にも株式取引所の商賣即ち株券賣買の如きはその品位頗る高尚なるものなり之に從事するに尋常一般の智識を備うべきは勿論、その間微妙なる智巧をも要するものにして人智の進歩したる社會にあらざれば行わるべからず即ち文明の商賣にして餘程上品なる部分に属するものなり左れば西洋諸國などにては株式取引所に出入りするものは何れも歴々の紳士〓〓にて當人自ら得意の色あるのみならず世間にても之を〓む程の有様なるに引替え我國にては前記の如く古來の弊習として總て商賣の事を賤しむ中にも株式取引所の〓きは之を卑しむ事殊に甚しく〓〓る塲所に出入りする者には山師又は相塲師などの名を下して人並の人間視せず只管これを忌み嫌う風を成して當人等も亦この賤名を甘んじ會て自重自信の氣力なく遂に取引全体の空氣をして賤しからしめたるは甚だ嘆かわしき次第なれども畢竟取引所の賤しきにもあらず其賣買の汚れたるにもあらず唯當局の人の心事貴からざるが故に塲所も商賣も共に地位を落としたるまでのことなり

然るに〓に愉快なる事の出來したると申すは他にあらず今回東京株式取引所の役員の改選に河野敏鎌氏が頭取の任に當選したる一事なり氏は維新以來久しく官途に在り文部卿農商務卿等の〓職にも上りたる人にして日本流に於ては人爵甚だ高く凡俗の目を以て之を見るときは氏がかかる身分を以て今度株式取引所の頭取に當選したるは恰も天上より下界に堕落したる觀となすならんと雖も我輩の所見は然らず前にも論じたる如く職業の貴賤はその之を行う人品の如何によるものなりとすれば氏が今度の當選は株式賣買に關する世人の妄想を破り兼ねて一般商業の品位を進むる好機會を得たるものにして我輩の大に〓ぶ所なり就て我輩の所望は他にあらず先年文部卿たり農商務卿たりし河野敏鎌氏も今日東京株式取引所の頭取たる河野敏鎌氏も同身一体の河野にしてその人品の高尚なるは毫も前日に變ることなく文部卿農商務卿が面目を落としたるにあらずして株式取引所が地位を進めたる觀あらしめんとする一事なり取引所は既に河野氏の如き新歸商者を得るままに一面目を改め天晴の日本の紳商名士の集合所たるに至らんこと我輩の所望空しからざるを信じるなり