「天下の人士覺悟はよき乎」

last updated: 2019-09-08

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時事新報に掲載された「天下の人士覺悟はよき乎」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

天下の人士覺悟はよき乎

條約改正は今正に各國委員の審議中にあるよしに聞けどその如何の運びに至りしやは固より我輩の聞知するを得ざる處なれども今の雲氣の模様を以て之を推測するに全國解放内地雑居の期は甚だ遠きにあらざるが如し否な兩三年の中にありと斷言するも強ち不當の判定にあらざるべし世人の待ちに待ちたる明治廿三年も今は其中間僅に三年を餘すに過ぎざれば國會の開設も内地雑居の期と格別の前後なかるべし我國鐡道延長の遲緩なるは我輩の毎度不平を訴える所なれどもこれも兩三年を經ば相達りて東西の脈絡を通じ又東北の線路も次第に靑森に達するの運びに至り其他處々方々の支線幹線〓横相通じて全國運輸交通の便大にこの觀を改むる其中に年來惨毒はしたりと云えば早晩非常なる反動を來して商工社會に大なる混雑を見る事ならんとは我輩の〓々紙上に記載して世人の注意を促したる處なり

されば今後兩三年は日本の社會に開國未曾有の現象を顕わし政治上、經濟上、社會上ともに異常なる變動混雜を見る時にして斯る時變に際しては胸中預め一定の成算を存し餘〓〓々この變に應ずる覺悟あるにあらずんば精神爲に錯亂して擧措處を失い禍福一夜に地を易えて意外の結果さえ國る可らず千思萬慮も尚お足らざる時なり全國を開放して外人次第に内地に入込む事とならば第一の關係は法律にして民法商法訴訟法等も速に編制せざるべからず是等は何れも政府の手に属するものなれば其筋の注意に任ずる事としてさえ顧みて民間の人士を見るに果してこの變化に應ずる覺悟ありや堂々たる日本の商人中即刻外人を目の前に引受け之と競爭して後れを取らざる覺悟あるもの幾人ありや主人は勿論番頭手代に至るまで外國の語を解し外人と應接して差支なきや帳簿の方法よく外人との取引を記載して混雑する事なきや明治十三年の頃國會請願と稱して遙々東京に上り官省の門を叩きたる者あり之を地方の有志家と云い明治十四五年の頃政黨の團結に奔走したる者あり之を政黨員と云う今この流の人物は何處に在て何事を爲せや憲法制定、議事堂建築などの事は有司の存するなれば之に任ずるも可なりとして二十三年の〓に國會議員となる學識資産は既に身に備えて不足なる〓なきか海外諸國の先例口傳は暫く措き國内〓前の財政法律より殖産興業の事に至るまでその取締は出來たるや十三四年の頃には他の門を叩き他の〓を〓さんと期しながら二十三年には却て他に迫られて狼狽する恐れはなきか靑山の下、〓水の〓松風に茶を〓じ水〓〓〓を〓て〓外の溝興に耽りし者も端なら汽笛の聲に夢を破られて窓〓より汽車の〓を望むに〓るべく之に〓して昨日までは人〓〓〓にして一地〓〓〓〓たりし〓も一朝〓〓の〓〓によりて〓涼忽ち地を換るに〓るべし此〓〓間に處する工風如何して可ならんか様々たる〓〓の〓木〓て薪となし〓て炭となし之を都城に送ればその價、珠の如し〓々たる蒼海の〓魚〓勝て數うべからず之を日にし之を〓にし以て内國の需用に充て海外の輸出に供すべし五金の藏する所〓石の〓る所採〓の利も亦少なからざる可し無價を變じて有價となし過利を化して公利となるは即ち鐡道の功用にして之を利用せんとする者は預めその計畫を定めざるべからず殊に此變化に伴う所の經濟上の風潮は其勢最も激烈にして商賣工業の世界を一掃して悉くその舊觀を改め一起一伏暴かに富み又暴かに窮する其中に百年素封の家に在りては其災最も畏る可きものあらん子孫後世の計今日より覺悟すること最も肝要なるべし

要するにこの兩三年は日本社會大變化大混雑の時期にして左手に功名を攫み右手に富貴を握り天上の樂園に雄飛するも此間に在り失敗〓躓して無淵の底に堕落するも亦この間に在り唯人々の智愚卑怯如何を顧みるのみ三年の日月短しと云う勿れ無智の小〓生きて三歳〓ちよく言語しよく歩行を五尺の男子〓の間に爲す所ある能わざるか、三年の日月長しと云う勿れ之を無用に費さんか〓梁の一夢尚ほ五十年を過ぐ況んや三年に於てをや一轉瞬の間なるべし左れば今より三年間の日月〓〓を長くして其間に百年の計をなさんか之を短くして一夢の間に消費せんか人々一身の覺悟次第にして又人々運命の依て決する所なり天下の人士その覺悟は好きか我輩の聞かんと欲する所なり