「米國貿易家の進路(前號の續)」

last updated: 2019-09-08

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時事新報に掲載された「米國貿易家の進路(前號の續)」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

米國貿易家の進路(前號の續)

今の米國輸出商は一手にして種々の商品を扱ひ絹布も銅器も紙も漆器も同人同時に之を輸出する有樣にして人々萬屋ならざるはなし斯くて此方が萬屋なれば先方の取引先きも亦同じく萬屋にして其取引高の大ならざるのみならず或る一商品に就き實用時好に注意すること餘り緊切ならざるが故に共々其商品を改良して需要の區域を廣むる念も亦甚だ薄きが如し例へば日本の縮〓は一時米國人の需要に出逢ふて貿易品中需要の品物たらんとせしが近來廣東縮〓とて支那より輸出するものに壓倒せられ其需要ますます減ずる趣ある其次第は他に非ず縮〓は大抵婦人服に用ゆるを常とすれば腰を掛け〓を曲ぐつ等の作用にて皺クチヤにならぬを珍重すれども近來日本より輸出する縮〓は外國婦人の衣服として其幅及び長さの不都合なるのみならず品質の粗末なるにや久しく腰など掛け居せば其皺痕容易に去らざるが故に威儀外觀を重んずる貴婦人は皆な日本縮〓を好まず廣東縮〓には此事なしとて之を〓用する由なり此説たる我輩が久しく米國に在留して其事〓に通ずる人に傳聞して左もありなんと感じたるものなれども日本の輸出商中には未だ縮〓の寸尺織方を改良して外國向きに適することを謀る者あるを聞かざるが如し畢竟此の輸出商等は絹布一方の輸出商に非ずして俗に云ふ喰ひ散しの性質を帶び此品を輸出して賣れざれば其何故に賣り捌けざるやの原因を究めずして忽ち又他の品に移り絹布なり陶器なり一個專門に輸出して之を專門の取引先きに賣り渡す覺悟なきが故なり是れ今日に於て日本品が米國大問屋の手に掛らず其商域を尋常小賣萬屋に限る所以にして我外國貿易上甚だ嘆ず可き事共なりと雖ども是れは獨り今の米國輸出商の罪のみに非ず畢竟日本工業の甚だ不完全なる致す所なれば今後外國貿易に從事するものは傍らより促して此工業を發達せしむること甚だ肝要なる可し

今工業上より一国を區別すれば器械の國と手藝の國との二つと爲る可し而して彼の歐米諸國の如きは孰れも器械の國にして凡百の商品、器械を假りて之を製造するが故に大小〓粗毫も相差はず縱へ幾千萬個の品を集むるとも同品は何處までも同品にて專門の大問屋は一個の見本を〓覺して全体の商品を賣買することを得べしと雖ども日本の商品は之れに異なり日本は工業上より云へば所謂手藝の國にして凡百の商品を製するに〓ね人の指先のみを以てするが故に大小〓粗不揃にして幾千萬個の商品は見本と同一なる能はず之を取引するに當ては一々荷物を開放して其大小〓粗を〓せざる可からず故に專門の大問屋の寧ろ其煩はしきに堪へずして其取引を拒絶する趣あり現に彼の生糸の如き日本の商品中にては最も整備したるものなれども之を取引するに當ては一々其粗重量等を檢する煩あり其他の商品は推して知る可し即ち今日の實際に於て日本の商品が米國大問屋の手に掛らず其商域を小賣萬屋に限りて其取引の甚だ狭小なる所以ならん且〓又手藝國の品物は大小〓粗不揃なるが爲め一朝器械國に入りて不都合を生ずる例少なからず先年米國にて蝙蝠傘の握柄に日本の瀬戸物を用る流行ありし折、日本商は米國の專門蝙蝠傘屋の注文を受けて瀬戸物の握柄を米國に輸出したるに例の手加減の陶造なせば一々器械的製の傘軸に合はず左ればとて此傘軸を一々不揃の瀬戸物に合はするには其煩勞測る可からずとて忽ち愛相をツカされたりと云ふ右の如く日本商品は手藝國の宿弊として大小〓粗兎角不揃なるが爲め專門大問屋の手に掛らず其商域も亦甚だ狭〓なれば今後米國輸出商は内の製造家と協力して成る丈け同一の商品を製出せしむる覺悟なかる可からず其向の人の説に據れば米國輸出中にて成る丈け品質を同一にし追て彼の專門問屋に賣り込む望ある者は差向き銅器絹布陶器紙の類なる可しと云へり兎に角米國の貿易も年々擴張するに就ては我貿易家は其出商品を調製するに臨んで當〓米國人の好奇心に投ずることを勉めたる念を去り今後は日本の技術を以て米國人の實用に適する樣に製したる品物を撰み之れと同時に其品質大小を同うして彼の專門問屋と取引する覺悟なかる可からず從來の如く雜商が一時一回の小利を見込んで一手に種々の品物を輸出し之を先方の小賣萬屋に卸賣する筆法を守らば可惜日米の貿易も容易に發達する期なかる可しと信ずるなり(畢)