「親睦會の体裁」
このページについて
時事新報に掲載された「親睦會の体裁」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。
本文
親睦會の体裁
例年菊花の漸く馨ばしき頃より櫻花の將に綻びんとする頃に掛けて東京府下に何々親睦會
と稱する者の催し陸續としてあり近來は追々地方へも傳播して所謂親睦會なるものに日本
國中にて聚まる人と費す時と金とは中々鮮少に非ざる可し斯く多くの人を會し時を費し金
を散じて親睦會を開きたる處にて扨て其結果如何と云へば多人數雜然烏合して縦飲放食す
る位に止まり巧に親睦の目的を達するもの甚だ寥々たるが如きは誠に惜む可き事共なり盖
し親睦會の目的は飲食にあらずして社交を密にするに在り故に此目的をさへ達し得れば其
媒介たる飲食の類の如きは如何樣にても差支なきやうなれども人事の錯雜なる其關係の微
妙不可思議なる决して單純なる一則一律にのみ依頼すべきに非ず仮能く實を生じ虚能く眞
を孕み事の成否は單に之を行ふ方法如何に關するとの事は社會古今の事例に甚だ著名なる
所にして親睦會の如きも亦此例外に獨立し得べきものに非ず會の目的は何程善美なるも其
方法の不完全なるが爲に忽ち全体の目的を破却し去らるゝの患なしと云ふ可らず今日の親
睦會に踞坐放食杯盤狼藉の間に醉倒するの法を用ふるが如き亦此一例なりと稱すべし適意
に飲食し適意に談笑し杯盤狼藉の中に終始せずして能く親睦の目的を全うし得るものは盖
し西洋風の宴會集會に若くものなかるべし但し今日の處にては東京府下に於ても西洋風の
會合に適當なる塲所に乏しきが爲め多人數相會して規則正しき會食を催うすことも叶はず
諸事萬端都合の惡しき箇條もあれども近時社會に改良と共に西洋風の大會塲も起るべく今
日にても西洋會食にて百人前後の人を容るゝに足る會食塲なきにもあらず况して立食立談
の法を以て多人數を會せんとするに於ては其事甚だ容易にして到る處其會塲に乏しからざ
るに於てをや左れば斯くの如くして從來坐食の宴會を一掃し西洋風の會合を催うすことゝ
爲れば會塲の体裁整頓して多人數の集會には其便利言ふ可らず第一日本風の會合にては來
客座隅に割據して動もすれば碁將〓などを圍み起坐の面倒なるが爲め座間の周旋奔走に懶
く爲めに幾分か會衆の親睦を薄うするの實なきに非ず或は又献酬と稱して蜆貝樣の杯を遣
り取りして一座の体裁封建時代の君公より御酒下されと云ふやうの景色を呈するか否らざ
れば一村の若者連中が鎭守の祭禮に振舞ひ酒を飲むの趣ありて座間の混雜は申す迄もなく
杯盤狼藉の間に餘瀝座を濕して客の衣裙を汚すこと此々皆な然り將た又親睦の點より云へ
ば宴席會合の折に人を紹介し又紹介さるゝこと甚だ大切なりと雖ども日本風の宴席には此
事誠に稀にして座上生面の客多く人々鹿爪らしく一座を睥睨して默然たるの塲合甚だ少な
からず是れは日本人が所謂社交的の機智に乏しきの致す所もあらんと雖も日本宴席の風と
して來客座に着きてより宴の散ずるに至るまで餘り其座を動かさゞるが爲め紹介の手數も
不簡便にして餘程の必要あるものを除くの外は互ひに親近の機會を得ざるの塲合も多きが
故ならん然るに今此日本風の宴會法を一掃して西洋流を採用することと爲らば飲食萬事の
体裁も宜しく人々相識り相談ずるの便利も多くして親睦の目的を達するに庶幾らんか扨て
又從來の親睦會には所謂會主なるものなきが爲め主人の務を負ふものなくして會塲に統紀
なきの弊あれば來會者中の老成人を推して會主と爲し會主は一應來會者に挨拶して之を會
塲に誘引するの勞を執るが如きも亦自から一法ならん將た今日の處にては親睦會樣の集會
に婦人の出席する塲合なく何々縣人の親睦會と云ふも語法を正せば何々縣の男子の親睦會
と云はざる可らず左れば追々には婦人を親睦會に誘引し親睦會を利用して男女交際の媒と
爲すことも肝要なる可し年々歳々の親睦會、會する人多くして費す時と金とも少なからず
此親睦會の体裁を改良して來會者親睦の旨を達せしむると同時にこれを利用して社會改良
の一端とも爲すは智者の策ならんと信ず而して其第一着歩は日本風の宴會法を廃して西洋
風に移るに在るなり今や追々親睦會の季節に會したれば爰一言を辨して會者の參考に供す
るものなり