「民業の發達を促す可し前號の續」

last updated: 2021-12-25

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時事新報に掲載された「民業の發達を促す可し前號の續」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

政府たるものは法律上に於て一般に民業を保護せざる可らず即ち今日の實際に於ては日本

全國鐵道の必要を感ずるが故に我政府は特に民設鐵道條例を設けて民間の鐵道事業家を保

護し以て其事業の發達を促さゞる可らずとの主旨は既に一事業として分立したれば此貸附

並委宅會社は其名稱の如く專ら貸附金並に委托事業に從事し銀行の事務とは似て非なる者

とは爲れり即ち預り金を保管して貸附を爲すは銀行に似たれども爲換の賣買を爲さず商業

手形の取立を爲さゞるは銀行にすれば日本の田舎銀行よりも一層因循極まるものなり即ち

其要務は委托保管に在りて或は大家の後見人と爲り財産管理人と爲て彼此の便を達するも

のにして商業銀行貯蓄銀行の一小部分を働き興業銀行よりも一層廣き範圍を有するものな

り爰に此會社の事務の一二を記さんに公私債證券株式類の賣買取次を爲すことあり公債及

會社株式賣買の記録所と爲ることあり會社又は一個人の後見人たることあり遺言に從て財

産分配執行者と爲ることあり遺言なき財産の處分者と爲ることあり破産又は解社跡引受人

と爲ることあり或は商業銀行貯蓄銀行の爲めに金融又た保管の職に當ることあり扨て又民

間の事業上に於て實際如何の効力あるかを尋〓んに例へれば今東京に一の貸附並委託會社

ありと假定し數十の有志家相集まりて玉川上水を四谷に引き此處に水桝を造り蒸氣力を以

て更に一層高きに水を引上げ鉄管を東京全市に引き三階五階何の處にても自由に水を得せ

しめんとの計畫と爲し府知事は勿論全市區議員も悉く之を可とし輿論も亦之を可とす而し

て今全市區の戸數廿萬にして一戸平均水税として年二圓宛は出金するを約し年々四十萬圓

の収入は間違なしとせん水道發起者は是に於て始めて貸附並委托會社に至り其水道事業の

爲めに會計を管督せんことを請ふ委托會社は其起工の目的順序を調査し充分の見込あるも

のとせば其依賴に應ずることなり斯くて右の約束成れば水道發起人は直に其資本を募集し

先づ二百萬圓を募り得て水桝並に蒸氣機關の爲めに悉皆之を使ひ盡したりとし又全市區に

敷設す可き鉄管の買入並に埋方に更に二百萬圓を要すとすれば既に二百萬圓を投じたる水

桝並に蒸氣機關を第一抵當としたる證券を發行することを協議し貸附並委託會社に於て其

元利の仕拂を保證することと爲し差當り四谷赤坂麹町市ヶ谷に敷設す可き鉄管入費百萬圓

丈の證券を賣り出し爰に百萬圓の資本を得れば之を以て一部分の鉄管を敷設し追て此工業

を第二抵當としたる證券を發行すること順次前の如くす可し斯くて貸附並委托會社は水道

事業保管の爲め水道會社より實地調査入費等を要求すれども工事中預り金運轉の便利もあ

れば實際大なる手數料を要せずして水道工事を完成せしむるを得るなり

當合衆國に於て鐵道企業上此會社に大效益あるは人の能く知る所なり信用非常に厚き鉄道

會社はイザ知らず大抵は此會社に依て第一第二の質入證券を賣出し株券高は總入費の凡そ

一半位に止め置き既成の工事を抵當として漸次に資本を募る其際に鉄道沿道の所有地は其

價漸く騰貴し鉄道會社は容易に其負債を償却することを得るなり

米國鉄道は世界第一にして其因て盛大なりし原因は地勢國状固より一にして足らざれども

詰り民間事業家に其人あり且つ貸附並委託會社の如きものありて政府外に洪大なる力を以

て民間の事業を助成したること其主原因なる可しと信ず目下我國の現状にては錢あるもの

は志なく資本家が金を民間の事業に投ずること極めて稀少なるの勢なれば今後政府が民設

鉄道條例を設けて世に民設鉄道の起るを促し民間の有志家も之れに應じて頻りに鉄道を起

さんとするとも彼の貸附並委托會社の如きものありて其事業の性質を確實にせざれば資本

募集の一點に至て大に失望することある可し故に我輩は我政府に向て法律上一般に民業を

奬勵することを望むと同時に更に民間の有力者に向て各自協同事業發達に便利なる良制を

組織し上下共に民業の發達を促がさんことを希望するものなり    (完)