「止むことなくんば鐵道の事を擧げて外人に任す可し」
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時事新報に掲載された「止むことなくんば鐵道の事を擧げて外人に任す可し」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。
本文
止むことなくんば鐵道の事を擧げて外人に任す可し
日本國に鉄道の要用なるは論を俟たず之を敷設するに官設あり民設あり其民設に就ては政
府より民設鉄道條例なるものを頒布し法律上に叶ふ丈けの保護を與へて以て民業を奬勵す
可しとは我輩の持論なれども竊に今の時勢を案ずるに其保護なるものは線路に當る民有地
の買取に官の力を貸し、其官有地を無代價にて讓渡し線路外にても官有地なれば左右何百
間と起工者に附與する等の特典に止まり彼の日本鐵道會社が利益の有無に拘（つくり勾）
はらず資本金に對して年八分の利益を保護せらるゝ如き好都合は最早望む可らざる事なら
んと我輩の臆測する所なり此臆測にして大に違ふことなくんば今の民間の資本家は果して
其私有金を鉄道の事業に卸す可きや少しく爰に疑なきを得ず民間の金穴は數年來の不景氣
失敗に懲り懲りして事業を起すなどの念は既に已（巳とある）に地を拂て斷絶し唯無事に
堅固に利足をさへ得るの道あれど其割合は低きを厭はず七分利付の公債證書を玉の如く抱
きたる其七分利は整理せられて將に五分に減縮せんとするにも拘（つくり勾）はらず又五
分利に取て掛り之を買入れて餘念なき程の次第なれば假に今政府より民設鉄道の起業を許
されても彼の金穴等は鉄道永年の利益をば度外に置き唯政府の保護何分なりと云ふ其何分
の利子を目的に資金を出す迄にして例へば日本鐵道會社の如く八分の保護なれば是れは八
分利付きの公債證書に似たりと云ひ或は五分の保護を願取りたらんには是れは整理公債證
書に等しとて公債證書を見るの眼を以て鐵道會社の株券を眺め以て始めて安心す可き者な
れば政府より利子の請合なくして民間の資金を引出すは極めてむつかしき事なる可し且民
間の私に鐵道を敷設せんとするも其事に慣れたる人の少なきのみか日本國中に技術家さへ
乏しき次第なればいよいよ民設の鐵道を企てゝ故障なしとするも其着手に臨んで工事に差
支を生ず可きや疑ひもなきことなり今日官設の鐵道工事に就ても技師の乏しきは我輩の毎
に耳にする所にして仮令資本金を積んで山を爲すとも日本の鐵道は容易に成る可きものに
あらずと云へり左れば今日民設の鐵道は政府より年に何分の利益を請合ふにあらざれば内
國に資本を得ること易からす仮令へ或は之を得たりとするも技師を用ること自由自在なら
ざれば工事に着手す可らず甚だ以て困り入たる塲合なりと云ふ可し依て今こゝに我輩の所
見を以て一案を呈すれば外國の資本家に托して工業を起さしむる歟又は内國の資本家が外
國人と謀りて事を與にするの工風あるのみ外國人の眼を以て日本國中を見渡したらば鐵道
の敷設す可き地方は必ず少なからざる事ならん我政府より相當の保護を與るふに於ては何
分の利益を請合ふにも及ばず永遠の利を目的にして資本を卸す可きは我輩の信ずる所なり
且其工事の如きも彼の國人の手に執るときは誠に容易にして百里の鐵道も數月に成を告げ
從前緩漫たる我鐵道工業を見慣れなる日本人の膽を破るほどに目覺ましきことなる可けれ
ば資本金に心配なくして工事は容易なり何を苦んで躊躇するや鉄道を欲する者は速かに外
國人と相談を開くべきなり唯この一段に至て差支は鐵道は一國永遠の利益なるを擧げて之
を無縁の外人に授くるは殘念なりとて之を拒むの説もある可しと雖ども是れは所謂凡庸の
愚痴たるに過ぎず日本の鐵道果して大利益あらんには外國人が内地雜居不動産所有の權利
を得たる日に金を以て鐵道會社の株式を買取りさへすれば既成の鐵道も盡く外人の手中に
歸すること易し既に株式の多數を占るときは役員の撰擧も外人の思ふがまゝにして日本人
は日本國に居ながら外國の汽車に乘るの姿に立至る可し然らば則ち今日新に鐵道を作るに
之を外國人に任ずるも内國人の手に取るも何ぞ之を差別するに足らんや資金に豐にして工
事に巧みなる者が事に任ず可きは誠に自然の道理にして是より外に奇計妙策はある可らず
故に日本の金満家が政府に向ひ例外特別の保護など云はずして永年の利害を考へ自から奮
て私立の事業を企つれば則ち可なりと雖ども退守一偏の卑屈根性にて鐵道會社の株券をし
て公債證書と同樣の性質たらしめんなどの所望ならば我輩は斷して此輩に依頼せずして外
國人を導き入れんことを欲する者なり