「東京府會家屋税の决議」
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時事新報に掲載された「東京府會家屋税の决議」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。
本文
東京府會家屋税の决議
東京府にて明治二十年度區部地方税収入豫算議案を作りて之を府會の議に附し其家屋税に
係る部分に建物の調査に於て除去す可きものは社寺堂宇及其祭典法用に供する所有建物、
公私立學校救育所として使用する建物とあるを府會は此原案を取らず社寺堂宇の四字を神
社の二字に改めて下文法用の二字を刪り、公私立學校の私の字を除き、詰り宮には家屋税
を免して寺には之を取立て公立學校は無税にして私立學校は課税と定まりたることなり我
輩は何とも云はず唯この議决に驚くのみ神社寺院無税ならば等しく無税なる可きに此間に
神社を厚くして寺院を冷遇するは如何なる意味ならん宗教論上に神道と佛法とを比較して
東京府會が神道の主義に左袒と申すこともなかる可し又東京府民を代表したる府會が府下
に神道熱心の民多くして佛法の信者少なきが故に多數の民心を滿足せしむるが爲めに神社
を無税にしたりと申す譯けにもあらざる可し左れば此外に何か特別の説明ある歟我輩の所
見にては頓と思ひ當らざるが故に何とも云ふ能はずして唯驚くのみ又學校税の事に付き流
石に東京府は公私立共に無税にせんとの原案なりしに府會は之を折中して其一方に課税し
公を見遁しにして私に取て掛ること彼の神社と寺院とに於ける筆法に異ならず是れも公立
學校は貧にして私立學校は富めりと云ふ譯にもあらざる可し如何となれば實際に於て公立
學校は官の筋より厚き保護奬勵を被りて大抵その維持を立つ其反對に私立學校は一人若し
くは數人の發起に係り十中の八九生徒の受業料などにて維持す可きにあらず志て詰る所は
其校主若志くは他の有志者の義捐金等に依頼するの常なれば實際に於て營業などとは思ひ
も寄らず單に人の慈善にあらざれど好事に出たるものより外ならず公私貧富の由來明白に
志て是れ志きの事情は東京府會に於て知らざるの道理あらざればなり又公立學校の教育は
一種特別の良教育にして私立學校の教育は甚だ不完全なりとの理由にもあらざる可し如何
となれば人の學ぶ學問に公私の別なし其教授法の良否を論じて極端を擧れば双方共に善良
なるものあり麁末なるものあり私立の最上なるに至りては公立の企て及ぶ可らざるものさ
へ少なからざるは普く人の許す所にして私立の文字は以て學校の不完全を表するに足らざ
ればなり又私立學校の中には至て見苦しきものありて九尺二間の長屋に學校の看板を掛け
以て税を免かるゝとは不埒なりとの故を以て課税に决したることにもあらざる可し如何と
なれば府會の目的は収税に在りて人の心術を懲罸するの義務なし故に九尺二間の私立學校
に税を課したらば其校主は大に恐入ることならんなれども其税金は以て何の足しにもなら
ず詰る所學校建物税の正味は心術不埒ならざる慈善家又は好事家の設立したる廣大なる私
立學校の負擔に歸す可ければなり右の外に何か説明ある可きや我輩の心付かざる所なれば
何も云ふこと能はずして唯私立學校課税と聞いて驚くのみ此驚駭は獨り我輩日本人のみな
らず頃日或る外國人に面會したるに此人も我輩と同樣今回の一條に付き大に驚き其言ふや
う日本に奇事奇物甚だ少なからず富士山の秀麗、櫻花の嬋娟、武家の双刀、男子の月代等
萬國に比類なくして奇は則ち奇なりと雖ども畢竟日本國に固有する絶對の奇なれば之に慣
れて永く驚く可きにあらざれども人民教育の事は日本も西洋も正しく同一樣の方向に從ひ
東西相對して比較も容易なる其中に日本人は英米諸國絶無の例外に事を决して人民私立の
學校に家屋税を課したりとは扨々新奇にして東海新に一機軸を顯はしたるものと云ふ可し
吾々は之を奇とすること富士櫻花双刀月代の比にあらずとて頻りに驚駭の樣子に見えたり
しが成るほど我輩とても多少に驚きたり外國人の目を以て見たらば猶更ら左もある可きこ
となり大方の君子は我輩並に此外國人と共に驚くや否や若しも驚く可らざるの理由説明も
あらば幸に垂教を吝む勿れ