「日本の商賣工業をして自然の行路を進ましむべし」
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本文
日本の商賣工業をして自然の行路を進ましむべし
條約改正の業成り内外人民全國に雜居するの日に至らば日本の有樣は如何に變化すべきや
日本國人として此變化に應ずる策は如何すべきや抔の問答に今日二人以上の集會席に於て
必ず聞かざることなき事柄なり此問答に關しては人々の地位職業の相違によりて其意見も
亦必ず志も同一なるべきに非ずと雖も兎に角に全國開放内外雜居の後は事の有樣すべて從
前と同一なる可らず必ずや大に變化する所あらんとの一事は千萬人唯同一の言葉を繰返す
のみにして別に異見もなきが如し盖し雜居の後は内外人の權利を何程までに相同じから志
むるにや我輩の未だ知らざる所なりと雖も自由に商賣工業を營み公債證書株券を所持し土
地鑛山を所有して差支なき類の事柄は内外人の間に毫も差別なき事とならんかと思はるゝ
なり文明世界の國家は富より成る既に富を得るの事柄に關して彼我の差別を廢すとすれば
其權利に關する他の小異同は固より問ふに足らざるべし左すれば内外人雜居以後日本國内
に起る種々の變化中にも商賣工業等富を得るの事柄に關する變化こそ變化中の變化たるに
相違なからん我輩今日に當りて未來を想像し雜居以後商賣工業上の變化は果して如何なる
べきやと豫め其有樣を察するは甚だ大切の事なれども事の甚だ大切なる丈けに之を明知す
ることも亦甚だ難く到底想像の及び盡すべき限りにあらざるべし唯假りに一二の事に就き
纔かに其如何を察せんに今の日本の米商會所とか株式取引所とかいふ塲所は日本商人の頗
る力を用る所にして商壇の老將軍が互ひに其技倆を鬪は志進退出沒虚々實々世人は唯其奇
巧に驚て數十歩の外に瞠若たる程の霊塲なれども時に其内幕の話を聞けば其規模の〓(行
人偏に扁)小に志て其仕組の不完全なる世人を志て案外千萬の思を爲さしむるもの少なか
らず若し今のまゝの會所取引所にして偶ま外國人の來て相塲を爲すことあらんには彼の泣
きとか笑ひとかいふ類の非義破廉恥の所業を許さゞるは勿論五十萬圓乃至百萬圓の資本を
後楯に志て或は大に賣り或は大に買ひ結局に至り必ず五十萬乃至百萬の實物を受渡志する
抔のこともありて實際の市况の如何に拘はらず此外國人の相手たる者は巧拙の別なく共に
枕を並べて打死するの外に工風なかるべし或は外國人に志て會所取引所の規約役員等に關
し其意に滿たざる所もあらんか忽ち其株券の過半を買占め會議の多數に由て事を决志自か
ら安心の地位を求むるなるべし又彼の日本郵船會社の如き必竟日本政府の堅き約束を質に
して千萬圓に近き大金を集め政府の命令の儘に航海の業を營み居るものなるに近日に至り
其株主等をして政府の約束の或は大に堅固ならざるかを疑はしむべきの事情なきにあらず
政府の命令を以て同會社の今年の株主總會を停止したるが如き其最も公然たるものゝ一つ
なるべし若し外國人を志て今の郵船會社の株主たら志めんか會社の盛衰浮沈に關し其心を
痛ましむるの程度は日本人に幾倍すべきは明白の事にして今回の如き塲相に際しては議論
必ず沸騰し有力者もこれを制止するの工風に窮する事あらんかと思はるゝなり人或は郵船
會社の大なるを恃み外國人といへども容易に斯る大會社を左右し得べきものにあらずと思
ふ者もあらんかなれども其實は左まで防禦の十分なる會社にもあらず偶ま外國の資本家一
名獨立にて又は數名連合にて三菱社に相談を遂げ岩崎氏の持株五百萬圓を讓受るやうの事
もあらんには一夜にして郵船會社の株主過半數を制するの實力を得て日本の郵船會社は夢
の間に外國の郵船會社と變化し去るが如き奇談もあらん此等の例は郵船會社取引所等に於
て特に然るべしといふにはあらず苟くも其株券の賣買ある商社は銀行なり鐵道會社なり鑛
山會社なり製造會社なり一として然るを得ずといふものあることなし唯今日に於て我商人
の安心するを得るは外國人にして日本商社の株主たり役員たるを得ざるに在りといへども
一旦時勢の然らしむる所條役法律の許す所外國人にして日本商社の株主役員たること勝手
なりといふの日に至らんには外國人は必ず此自由を利用して富を作るの道に於て徒らに日
本商人等に遠慮するが如き迂遠の擧動なきは明白なるべし日本小なりといへども國民貧な
りといへども尚ほ三千七百萬人の集合する一帝國たり此帝國内富を作るの道必ずしも絶無
にあらず然るに今外國人の烱眼を以て一々此道を探り出し遠慮なく此道に進入志來らんと
するに於ては日本人は果して能くこれに應ずるの覺悟あるべきや如何仮令へ或は此覺悟な
ければとて今更國の事の叶ふべきにもあらざれば唯早く今日に注意して日本國内の富を作
るの道を改良し其組織の幼穉なるものと自然の理に戻るものとを擧げてすべてこれを廢滅
し今日即時に内外人の雜居を實行するとも聊か差支なきまでに準備し置かざるべからざる
なり