「私立學校及び寺院の家屋税」
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時事新報に掲載された「私立學校及び寺院の家屋税」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。
本文
私立學校及び寺院の家屋税
東京府令第五十號別冊中家屋税の部分に其課税法を見れば建物の廣狹を定め二階は一坪を七合とし三階以上は一坪を五合とし建物の種類は石造煉瓦造土藏造を第一類、其税率二、木造を第二類税率一として又地位に從て差等を作り終りに神社及びその祭典に供する建物と公立學校救育所として使用する建物は除去すとあり此除去なるものは必ずしも神社公立學校救育所のみに止まらず諸官省廳の建物は無論官立學校より諸官員が家人と共に住居する官宅に至るまでも悉皆無税なれどもこゝに特に神社公立學校と唱ふたるは我輩が去年十二月十八日の時事新報に記したる如く東京府會にて私立學校に課税し寺院に課税することを决議したるより生じたるものなれば此公立は私立に對し神社は寺院堂宇に對するの文字として視る可し扨人民教育の爲めに開きたる私立學校に税を課するとは殆んど世界無比の一新法にして何れにも其負擔は學生の頭にかゝり税金は机の引出しより出ることならん法とあれば誠に是非なき次第にして唯學問教育の價が騰貴したりと觀念するの外なし又彼の寺院堂宇の課税も詰り僧侶に金のあるべきにあらざれば檀家の負擔たる可き固より論を俟たず是れも府會議員の决議にて府廳の法と爲りたる限りは人民の彼れ是れと申すべきに非ず詰り信心の増價なれば其心得を以て相替らず佛法信心すべきのみ我輩は今回の新税法に付ては敢て一言も其是非を評論する者に非ずと雖も唯豫め知らんと欲するものは寺院に家屋税を課するに當り其家屋が甚だ異常にして尋常一樣の課税法を適用す可きや否やの一事のみ例へば平屋に比して二階家は七割増し三階以上は五割増の勘定なるが寺に二階造のものは先づ絶無なれども其洪大なるは中々以て尋常一樣の二階家の及ぶ所にあらず茶屋の二階も二階は則ち二階なれども兩本願寺の別院御堂に比して茶屋の軒は僅に本願寺の縁側の高さに逹すべし是れにても本願寺は平屋にして税率低く茶屋は二階造にして高きか又或は東京府會にて寺院に課税したりと聞いたり他府縣會も之に傚ひ例へば大坂府會が同樣の議を决していよいよ寺院堂宇に税を取ること定まり其管轄内なる奈良地方に至りて遠方より望み見れば高宇千尺天に昇るものあり是れぞ五階七階の建物にして税率は云々なる可しと竊に=算して扨その實地に至り見れば何ぞ計らん是は此れ南都東大寺の大佛殿その結構洪大なりと雖も平屋たるに過きずなどの奇談もあるべし又芝の増上寺淺草の觀音などには山門仁王門などいふものありて是れは二階造なり左れば門の税は本堂の税より割合高かる可きや又煉瓦造の税は木造の倍を課するの法なり然るに築地の本願寺は前年再建のときは毎度の火災に懲りて其壁を煉瓦にしたり左れば東西兩本願寺の内淺草は舊のまゝに木造なるが故に築地は淺草に比して倍の税を拂ふことか、又芝上野に在る徳川家の靈屋は如何なる可きや靈屋の前に仁王門あり拜禮堂あり洪大無邊美麗至極の堂宇にして全く法用に供するものより外ならず殊に此堂宇は公立にあらずして徳川家の私立なれば尚更税を免かるゝことは難かる可し又或は徳川の靈屋は佛教の法用に供するが故に有税とあれば之を神道に改め靈屋拝禮殿に神式の祭典を執行したらば無税に改まる可きや又府下の各寺院の境内にある五重の塔の如きは儼然たる五階の高堂宇にして春秋彼岸會のときなどに法用を勸る處なれば五階の二階までは税率一割七分増にして以上三階の分は五割増し共計平屋に比して三倍二分の税を拂ふことならんか又神社は寺院の憂患を知らず全たく無税にして甚はだ善しと雖ども社地内にある神官の住宅は如何す可きや神官の家内子供が眠食する奥の室より勝手臺所に至るまでは祭典に供する建物とも名づけ難し果して無税なるや有税なるや
以上は唯我輩が思出し次第に寺院關係の事を記して兎角その建物が異常にして課税法如何を心配したるものなれども何れ實際に臨では又其筋に自から妙案もあるべし我輩の注意して視んと欲する所のものなり