「英國商人に一振を望む」

last updated: 2019-09-29

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時事新報に掲載された「英國商人に一振を望む」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

英國商人に一振を望む

英國は由來久しき商賣國にして世界到る處其商域甚だ廣く其規摸の廣大なる固より他國の敢て企及する所に非ずと雖ども人情の自然、得意自満の極、近來に至りては其一部分に於て少しく腐敗を生じたるの氣味なきに非ず例へば支那の商賣に於ても香港より天津に至るまで沿海一帯の商賣は英商人の掌握する所なれども又た一方を顧みれば英商人は一般に不活溌にして大店を搆へ体裁を飾り衣食住を美にし遊嬉に酖りて所謂紳商を氣取るが故に兎角費用倒れにして其商賣品自から廉ならず之れに反して彼の獨逸商人は店舗の体裁等は相應に飾れども其内部の生活は至て質素勤儉にして衣食は粗薄に使丁の數は甚だ少なく隨て其商品廉價なれば英國商人は次第に其商域を蚕食せらるゝの趣ありて現に香港などにては英商人の數漸く減じて獨逸商人の數漸く増加するの勢ありと云ふ又北支那の商賣を見るに英商人の氣力は案外に乏しく開平天津間の鐵道工事請負は獨逸のクルップ商會に奪ひ去られ其他諸般の商業に於ても着々後進生なる獨逸商人に壓倒せられんとするの趣なるが如し次に眼を轉じて我日本國の商賣を見るに獨逸人の設立に係る商會は鉄道レール其他各般商品の賣込方に手を廻はして拔け目なく立廻はるが如くなれども英國商人は香もなく臭もなく唯居留地内に籠城して年來の商賣取引を守る=みにて新に販路を開かんともせず新に商賣上の事業を起さんともせず口善惡なき江湖の人をして英國商人は或は老耄したるかの評を下さしむるにいたる我輩の英商人の爲めに痛惜するところなり

然りと雖ども英國は由來久しき商賣國なり今日の處にて其一部分を見れば或は聊か腐敗したるが如く思はるゝ處もあらんかなれども商賣起業は英國人祖先傳來の秘骨にして容易に他國人の企て及ぶ所に非ず之れに加へて其商人社會には大資本の運轉機十分に備はるが故に一朝自から振勵して大業を經營せんとするときは何を爲してか成らざらん彼の一時の氣勢を視て英國商人は老耄したり將た腐敗したり抔と漫評するものは忽ち前者を正誤するの日あるや疑を容れざるなり左れば在東洋の英國人は爰に一たび振勵して平生の神髓秘骨を磨き目覺しき事業を計畫して其規摸の果して廣大無邊なる所を世人に示し以て其惑を解かざる可らず而して其惑を解くの機は今方に到來したるものの如し何を以て之を云ふとなれば今や我國と締盟各國とは條約改正最中にして不日其改正の業を完結すれば治外法權の撤去と共に外國人の内地雜居を許すは必定、斯くなる以上は日本全國明け放しの姿にて富源は人の探るに任せ遺利は人の拾ふに委し資本あるものは内地に入りて鑛山を開き蠶糸業を起し木綿羊毛繭麻布織物製造塲を設くる等其資本運轉の事業は到る處に堆積することならん此時こそ英國人が其平生の技倆を示すの時なれ鞍に據りて顧眄し其商業上の氣力の老てますます壯なるを表せざる可らず聞く所に據れば英國倫敦の諸商人諸工業家は或は此邊に見る所ありてか日本にて條約改正の上外國人の内地雜居を許すに至れば差向き一千萬圓の資本を投じて木綿紡績織物、染物、生糸紡績織物等の製造所を建設し賃銀の廉なる日本人を使役して大に内地需用向き及び外國輸出向きの織物を製するの計畫を爲し居れりと云ふ果して左る計畫のあるや否や我輩の確知する能はざる所なれども世界第一等の商賣國たる英國の商人にして是れ式の計畫なくては叶はぬことなり又聞く所に據れば在東洋の英國外交官は近來英國商人の餘りに落着き過ぎたるを訝かり東洋の商人と恊力して大に計畫する所ありては如何云々とて内々其旨を勸告する所なりとも云ふ兎に角英國商人は商賣上先進の地位に立つが故に世人の望を屬すること亦隨て大なれば時機を視て其腕前を示し江湖の與望に稱はざる可らず恰かも好し日本にては今正さに條約改正の事ありて全國開放内地雜居の期も亦遠きに非ざるの運に會したれば英商人は此機會を失はずして今より日頃の腕前を示さんとするの覺悟專一なる可しと信ずるなり