「不平等の保護」

last updated: 2019-09-29

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時事新報に掲載された「不平等の保護」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

不平等の保護

昔時封建未開の世には大小の藩々に御用達町人と稱するものあり先祖代々大小名の御用を

達して恰かも其得意先を持ち切りにし或はやんことなく權臣の冥加に因りて或る種の商品

を專賣するの特許を得る等の事情もありしかば他の町人共は何程の智慮才覺あるも取て之

れに代ること能はず幾多の英雄をして空しく草蘆に老せしむるの趣あるたり昔時未開の世

に右等の惡制度惡習慣ありて有爲活溌なる商工業家を窘めたるは獨り我國のみに限らず現

に彼の英國の如きエリサベス女皇の時代に至る頃までは職工年季條例の如きものもありて

其間の自由競争を妨げ或は勞働の時間を限り或は又其賃金を定め其他種々の特許を置き不

平等なる保護を爲して大に一般人民を苦しめたることありと云ふ斯くて不平等の保護は未

開の世に固有するが如くなれども世事の進歩するに隨て蒸氣力電氣力等の發明もあり之を

利用すると否との間に非常なる懸隔を生じ來り區々たる人力の保護を以て其懸隔を均うす

ること能はざるに至りしかば近來文明諸國にては商工業の事を以て一に其自然の成行に任

じ富は取り勝ち拾ひ勝ち人々の働き次第に任せて依怙の沙汰を其間に交へざることとはな

りぬ我國の如きも亦固より此方向を取りて進歩するに相違なしと雖ども如何せん封建の世

を去ること遠からざるが爲め仔細に社會を解剖すれば舊制度舊習慣の今尚遺存するものな

しと云ふ可らず即ち彼の不平等の保護を爲して爲めに大に一般獨立の商工業家を窘しむる

ことあるが如き其一例として見る可きものには非ずや盖し不平等なる保護の弊は我輩之を

辨ずること固より旦夕の故に非ざれば今改めて之を喋々することを要せざれども從來の實

驗を按ずるに政府が特別の沙汰を以て民間特別の商工業家を保護すれば其保護の恩に浴し

たる者は恰も無盡藏の金脈を發見したるが如く惜氣もなく金を散じて外觀を張り冗費を増

しトゞの詰りは例の通りに失敗して其保護金を百年賦にて政府に返濟すべし抔の紋切形に

出づるが故に直接には政府の失望、間接には人民の迷惑を來すこと毎度の事なりと雖ども

其弊害は單に是ればかりに止まらず被保護者は一時金融の自由なるに乘じて賣るものは法

外に安く賣り、買ふものは途方もなく高く買ひ其保護金を損失し盡くすまでは門前獨り市

を成して一時他の獨立の同業者を壓倒し保護金の全く盡くる頃までには同業者を合せて所

謂共斃の運命に陥り政府保護の素志に背て却て一般の衰微を來すことなきに非ず例へば先

年官の筋にて米國との貿易を奬勵すと稱して米國輸出業を企てたる或る商人を保護したる

ことありしが此商人は米國に至りたる處にて日本の同業者と共に相抉掖するの考なきのみ

却て之と競爭して次第に其商品を賣り崩し當人の失敗は覺悟の前として之を擱くも他の獨

立の日本商は一時非常に窮迫して爲めに廢業したる者もありし由なり又先年其筋の人の發

意にて我國の蠶糸は精粗大小同じからずして外國貿易に適せざれば一個の改良製糸所を設

けて民間の蠶糸業家に其摸本を示すに若かずとて其筋より特別に數十萬圓の金を貸附し或

る地方に絹糸精製の會社を設立せしめたるに當業者は餘り製糸の事に熟達したるものに非

ずと見〓〓〓精製に就ては別に何たる手柄もなく唯近村の養蠶家より繭を買入るゝ〓〓〓

に毎度彼の製糸家と競〓〓〓〓氣もなく〓價を命ず〓より獨立の製糸家は成〓〓〓土〓〓

なる〓〓を由〓爲に其業を〓喪するの〓〓〓〓と云ふ右等の次第なるを以て特別保護は何

業に就ても常に二重の弊害を生じ一方には保護者の意を誤り一方には獨立の同業者を窘し

むること必然なれども競爭の最も活溌にして數の多く利の薄き營業に對しては其害の大な

ること决して尋常の事に非ず昔時英國にて特別保護専賣壟斷の行はるゝ世の中に麺包の商

賣のみは最も早く自由競爭の端を開きたるを見ても亦其の一斑を窺ふ可きなり或は又我國

の有樣に就き假りに爰に一例を設け或る新聞社が特別に官邊の恩顧を受け或は幾分の保護

金を頂戴し其金の御蔭を以て或は其新聞紙の直(値の誤植か)段を下げ他の獨立の新聞社

と競争する等の事もありたらば如何、同業者の當惑想ひ見る可く斯かる商賣柄に對して斯

かる特例を與ふるは其當局者に於ても亦徳義上の責を免るゝこと能はざる可し當局者の敢

て爲すに忍びざる所ならんと雖ども是れは假りに作爲の一例を示したる者にして不平等な

る保護の害は何事に就ても是等の惡結果を來すことを知る可きなり若し夫れ平等なる法律

上の保護に至ては時に大に必要なることあり我輩次ぎに之を論ず可しと雖ども任意不平等

なる保護に至ては我輩斷じて否の一言を口外するものなり