「平等の保護」

last updated: 2019-09-29

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時事新報に掲載された「平等の保護」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

平等の保護

不平等なる保護の大に民業を害するの次第は既に前號に陳述するが如くなれども凡そ世の

事業には公益を主とするものと私益を主とするものとの區別あるが故に政府たるものは能

く其區別を審にして其事業の性質次第、勢保護を與へざる可らざるものあるなり例へば今

某の塲所に金鑛を發見し或は何山の奥に銅脈ありを認めて之を發掘せんとするものあらん

か其事たる固より富國の業たるに相違なかる可しと雖ども起業者の目的は專はら私益にあ

るが故に政府は唯法律上何人にも爲す可き丈けの世話を爲すのみにして別に之を保護す可

らず左れども今民間の人が太平洋の底に電線を沈架せんとするか或は濠洲其他の塲所に汽

船定期航海の線路を聞かんとするか凡そ此等の諸事業を計畫することあれば其事業たる主

として公共の便益を謀るものにして創業五年乃至十年間は迚も其資本金に對する利子をも

得ること能はざるは通常の事例なるが故に政府果して其事業を賛成したらんには單に法律

上に止まらず或は金力の保護を爲すも國の爲めに至當の事なる可し故に事業の性質次第、

政府が特別に之を保護するの必要なきに非ざれども一般人民が私の力を以て營む可き事業

に就き或る特別の營業者に向て特別の保護を與ふるが如きは一方に利器を授けて他の徒手

の敵に向はしむると一般、其利器を所持せざる同業者は縦令ひ其力藝の優るゝあるも如何

せん獨立徒手の悲しさに一時其鋒を避けざるを得ず左れば此等の營業に就ては保護を與ふ

ると否とに論なく唯勉めて不平等の取扱を避け利器を授くるならば何人にも之を授け徒手

とあれば離れ彼れの區別なく孰れも之を徒手にして同業競争の間に自然の優勝劣敗を行は

しむること甚だ肝要の事なるべし民業保護に就き政府果して此精神を存せんか其保護は啻

に害なきのみならず更に大に民業の發達を助くること西洋諸國に於ても其例甚だ多きが如

し例へば北米合衆國にて此都府より彼の地方に鐵道を敷設せんとするものあれば政府は其

線路の方向を檢(手偏)査して別に不都合の廉なき限りは直に其請願を許可し其線路に沿

ふたる一帯の官有地を互ひ違ひに一英方里づゝ即ち左の割合

              同     同

 (図)  鐵道線路             (太い線で示してある)

       官有地       同

       一方英里            (同じ大きさの四角で囲んである)

を以て鐵道會社に給與するを例とす斯くて鐵道會社にては例へば百里の線路を敷設するの

見込なれば當初先づ二十里乃至三十里位を敷設する其傍より鐵道近傍の地價次第に騰貴し

亦隨て此近傍に移住するものを生ずるが故に會社は或は其拝領地を賣却し或は又之を其移

住民に貸與し其利益を鐵道資本の一部に加へて順次に之を延長するの都合なる由なるが米

國の如く郊野千里の國柄にては民設鐵道會社に對して平等に此等の保護を加ふること民業

を發達するの方便として最も其宜を得たるものならん我國にても近來處々方々に民設鐵道

の計畫あり鐵道資本を募集するものあれば之を敷設するの許可を政府に請願するものあり

所謂鐵道事業の氣運到來したるものならんかなれども我政府にては此等の鐵道発起人に向

て如何なる保護を與ふるの意なるや我輩未だ之を知らずと雖ども元来鐵道は公共の事業に

して其營業者の目的は縦令ひ專はら私益にありとするも之を敷設したる所にて世用公益を

裨補すること自餘諸般の事業の企及する所に非ず且つ鐵道を敷設すれば其沿道の便利を増

し隨て其地方の地價を騰貴し線路近傍一帯の官有地も亦其價を増すが故に官有地の持主た

る政府に於ては其鐵道會社の爲めに幾分の恩惠を被るの趣なきを得ず左れば我政府に於て

も民設鐵道會社に向て一樣平等に成る可き丈の保護を與へ其線路に係る私有地の買上方等

に就ても夫れ夫れの便利を與へ或は米國の例に傚ふて其沿道の官有地を給與する等の特典

を施すも差支の筋なかるべし勿論日本と米國とは其國柄同じからざるが故に民設鐵道會社

に向て沿道一方英里の土地を給與するが如きは萬々能はざる所ならんと雖も其邊は總べて

當局者の酌量次第、我國の實際に適することを謀りて之を施行するに任ず可きなり兎に角

鐵道其他公共の性質を帯びたる事業に對して政府が平等なる保護を爲すは我輩が民業發達

の爲めに甚だ賛成する所なれども此際若しも一着を誤りて其保護に不平等の廉いもありた

らんには國家商工業家の迷惑果して如何ぞや我輩は此一點に關して國の爲め切に當局者の

注意を祈るものなり