「所得税論の參考」
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本文
所得税論の參考
近來我政府にては新に所得税を起すの議ありとの風説あり知らず果して然りや否、若し果
して然りとすれば其目的は孰れにありや政府ますます文明の政を施さんとするには内治外
交國費多端なる可きが故に從來の租税は其儘に据え置きて更に新に税源を開かんとするの
意か或は從來我國の租税は獨り土地に偏重にして地租は國税地方税區町村協議費中の六分
の四を占め土地を所持する者其負擔に苦しむの情實なきにしも非ざれば政府は爰に所得税
を徴収して夫れ丈け他の地租等を減ぜんとするの意か我輩の未だ知らざる所なれども今此
風説に接したるを以て我輩は所特税の事に關して聊か一言を陳し以て當局者の注意を乞は
んと欲するなり
抑も所得税と申すは勞力の報酬、營業の利益或は月給額或は公債證書貸附金の利子等に賦
課するものにして英國にて始めて此税を起したるは彼の有名なる宰相ピツト氏の時なりし
が氏の此税を起したるは當時國費多端なりしが爲め一時の救急策に出でたるものにして爾
後久しく廢絶したることもあれども英國の如き國柄にては實に倔強の税源なるが故に千八
百四十二年に至りて更に之を再興し學者政治家の其得失を論ずること囂々たるにも拘はら
ず今日に至るまで之を維持することとは爲れり又佛國の理財論者中にも徃々所得税を賛成
するものあり彼のボリユー氏の如きも嘗て資本税と所得税との事を論じて佛國の資本は流
動不動を合せて凡そ一千五百億フランクに過ぎず而して其三分の二は土地なるを以て平均
五朱の歳入と見積りて此全資本より収入する所は七十五億フランクなり然るに佛國人民の
所得は官吏の俸給、代言師、醫師、器械師、工藝家等高尚なる職業を事とする者及び商工
業を營む者の収入等を合算して凡そ二百五十億フランクにも達すべし左れば今佛國にて單
に資本税のみを課する時は人民の歳入三分の一に税して他の三分の二に税せざることと爲
る可し商工業家醫師代言師以下の者は國の文化の進むに隨つてますます其所得の多きを加
ふ可きものなるに此輩にして國費の負擔に興あらざるは至平の税法に非ざるなり云々と述
べたり盖し理論より云ふときは所得税は税の公平なるものにして我輩素より其條理に異存
なしと雖も扨て之を實際に施行せんとして其賦課法を購究するときは其間往往繁雜なる論
議を免れざるものあるなり第一所得税に於ては一定の所得額に達せざる少金額に免税し一
定の税基以上の所得に課するを常とす即ち英國の所得税を課するや百磅より百五十磅に至
るまでも尚其税率を低くするが如き其一例なり斯くて一定の税基以上に課税するに單に其
額に比例す可しと云ふものあり或は又遞加法を用ふ可しと云ふものあり遞加法とは例へば
百磅の所得あるものが五磅を課せらるゝは千磅の者が五十磅を課せらるゝよりも餘程困難
なる可きが故に所得額の大なれば大なる程次第に其税率を加ふるの法なり而して其遞加の
割合等に就ては學者の議論紛々として未だ歸着する所を知らざるものゝ如し又有期所得は
永久所得と同樣に課税す可きや即ち醫師代言人等の収入の如き官吏の俸給の如き諸商人の
利益の如きは土地公債證書等の如く永久傳ふべき財産より生ずる収入と同樣に賦税す可き
や如何の問題に就き或は所得の永久に傷ふ可きものは租税も亦永久に渉り有期所得は其所
得の止むと同時に租税を拂ふ事も亦止む可きが故に此二所得は共に其税率を同うして可な
りと云ふものあり或は又永久所得は其年々の収入を費し盡すも其財産の原額は依然として
之を子孫に傳ふることを得れども有期所得を有する者は其所得の中より節儉して養老の資
を備へ妻孥の爲めに遺産せざる可らざるの事情もあれば此間に賦課輕重の區別を立つ可し
と云ふものありて此論も亦未だ决着せざるものゝ如し其他所得税に關しては精密なる理論
もありて學者の説く所一ならずと雖ども枝葉を拂て根幹に歸着したる處にて大体所得税な
るものは税の公平なるものと申す可きか然りと雖ども是れは唯理論上より云ふものにして
課税の精神は如何程に公平なるも實地収税等の事に不都合の廉もあらんには之を稱して良
租税と云ふ可らず彼の所得税の如き其精神の如何に拘はらず目下我國の實際に於て果して
良租税たる可きや或は卒然之を課して其収税上に大難澁を來すが如きことなきか我輩次に
之を一言せんと欲するなり(未完)