「明治二十年度歳計豫算」

last updated: 2019-09-29

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時事新報に掲載された「明治二十年度歳計豫算」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

明治二十年度歳計豫算

本年度の歳計豫算は去る十日の官報號外を以て公布せり其全文は載せて一昨日の本紙上に

あれば讀者一讀して其大意自から明白ならんと雖ども我輩は此の表を見て少しく樂しまざ

る所のものなきを得ず本來國の人口漸く繁殖して文明の事業漸く進歩すれば政府の歳入は

漸く増加す可き筈なるに我國に於ては却て其反對を見るものゝ如し抑も本年度の歳入總額

は合計七千九百九十三萬六千八百七十圓にして前年度より増加すること五百二十四萬千四

百五十五圓なれども其實は海軍公債募集金六百四十八萬六千二百四十八圓を加へたるが爲

め此増額の姿を示したるのみにして若しも此募集金を總額より減ずるときは殘餘は七千三

百四十五萬六百二十二圓にして前年度より減少すること百二十四萬四千七百九十三圓なり

又前數年度の歳入總額を列記して本年度に比較すれば左の如し(表中明治十五十六兩年度

は現計にして十七年以下は豫算なり又十八年度は會計年度の會計年度の改正に依り九箇月

を以て一年度とす以下傚之)

 明治十五年度 七千三百五十萬八千四百二十七圓

 同 十六年度 七千二百四十五萬四千九百二十三圓

        別に減債繰入六百六十五萬

        八千三百三圓あり之を省く

 同 十七年度 七千三百七十九萬二千四十三圓

        別に減債繰入二百十九萬九

        百二十六圓あり

 同 十八年度 五千五百五十萬九千十八圓

        別に減債繰入百十一萬三千

        一百五十五圓あり

 同十九年度 七千四百六十九萬五千四百十五圓

 同二十年度 七千三百四十五萬六百二十二圓

されば此數年度において我政府の歳入は毫も増加せずして本年度に至ては寧ろ減少の數を

見る可し又之を仔細に考ふるに近來政府は屡々新税を起し殊に本年度の如きは登記法の新

税を課して其豫算二百二十六萬七千六百六十七圓とあり尤も此新税のために地券證印税を

廢し其廢税の數、前年度において五十九萬九千三百八十二圓なりしが故に假に本年度も亦

同數なりとして此兩數を歳入の實額より差引すれば殘餘七千百七十八萬二千三百三十七圓

に過ぎず之を明治十五年度に比して凡そ百七十二萬圓を減少し又十九年度に比すれば凡そ

二百九十一萬圓を減少したり前にも云へるが如く一國の人口漸く繁殖すれば其繁殖に伴ひ

政府の歳入も亦漸く増加することは西洋各國既往の實例なれども我國は然らずして人口の

繁殖と共に歳入増加するを得ず殊に地租の如きは專ら人口の多寡に關するものなるに却て

其収入の減少するは解す可らざることなり

歳入豫算を分て三部となせる其第一部は内國税及關税にして本年度の豫算高六千二百三十

九萬七千五百七十圓、第二部は免許手數料、郵便電信収入、森林収入、官有物貨下拂下代、

貸付返納金雜収入及び官業諸収入にして合計八百三十四萬八千五百七圓、第三部は則ち海

軍公債募集金六百四十八萬六千二百四十圓なり第三部は別に論辨するを要せず第二部は明

治十九年度より増加すること二百三十萬八百九圓なれども登記法の豫算高をこゝに加入す

るが故に之を差引するときは僅に三萬三千百四十二圓を増加せしのみ第一部は十九年度よ

り減少すること二百八十八萬八千六百七十圓にして其第一款の内國税中、菓子税賣〓税及

び第二款の海關税は共に前年度より増加して殊に海關税は年一年に前進の勢あるが如し是

れは外國貿易の斯く盛大に赴くの徴なれば誠に祝す可しと雖ども其餘の諸項は往々退歩す

るもの少なからず彼の證券印税北海道水産税煙草税などの減少せしは各其由縁あることな

れば之を問はざるも獨り我税源中に最も大切なる地租の収入が増進せずして却て退き酒造

税が著しく減少せしに至ては我輩の甚だ樂しまざる所なり試に前數年度の地租及び酒造税

を列記して其割合を見んに

 明治十五年度 地租四千三百卅四萬二千百八十八圓

        酒造税千六百三十二萬九千六百二十四圓

 同 十六年度 地租四千三百五十三萬七千六百四十九圓

        酒造税千三百四十九萬七百三十圓

 同 十七年度 地租四千二百八十八萬八千五百六十六圓

        酒造税千六百八十一萬三千六百十二圓

 同 十八年度 地租四千二百七十七萬五千七百三十二圓

        酒造税百八萬四千七百十一圓

 同 十九年度 地租四千三百十五萬千五百八十二圓

        酒造税千四百八十四萬三千三十九圓

 同 二十年度 地租四千二百五十五萬九千四百四十一圓

        酒造税千三百六十九萬七千七百二十三圓

左れば地租は明治十五年度に比するに凡そ七十九萬圓を減少し十九年度に比するに凡そ六

十萬圓を減少せり尤も本年度に及び地券證印税を廢したれば之を差引して地租収入の減じ

たる正味は差したる高にはあらざれども古來の習慣農を重んずるの國にして田地は年々に

開けて隨て其租税も次第に増すべき筈なるに左はなくして却て減少の色を現はしたりとは

詰り我農家は唯人口の増加するのみにして其割合に生計を得ざるの實を見る可し又酒造税

の減少は著しきものにして之を十五年度に比すれば凡そ二百六十三萬圓、十九年度に比す

れば凡そ百十五萬圓を減少せり酒の需要は正しく人民生活の程度に應じ其消費の多寡は以

て國の貧富を卜するに足る可きほどのものなるに今其需要の年々に減退して著しき徴候を

税額面に現はすは取りも直さず民力の年々に衰弱するの實證として見る可きものなり我輩

は僅に兩三年間租税収入の少なきを見て之を憂ふるに非ず唯其租税の由て來る所の根本な

る民力の振はざるを推究して永久の國計如何を苦慮するのみ

又本年度の歳出總額は七千九百九十三萬五千五百五十二圓七十五錢四厘にして歳入總額よ

り少なきこと僅に千三百十七圓二十四錢なり又前年度の歳出より増加すること五百二十四

萬六千五百三十八圓七十五錢四厘なれども其實は海軍省經費高に六百七十一萬二千五百八

十八圓四十八錢を増加せしが爲めにして若し之を除き去るときは本年度の歳出豫算は各部

に就き別に著しき増減なきを知るべし又國債準備其他に就き一言せんに國債は千二十六萬

千百二十九圓を減じ紙幣は九百六十七萬千四百五十三圓を償却したれども準備金も亦千二

百四十四萬千九百八十七圓を減少したるが故に國庫の會計は國債及び紙幣の減少せしが爲

めに七百四十九萬圓餘の餘裕を得たるものとす