「諸外國人に日本來遊を勸むるの廣告」

last updated: 2019-09-29

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時事新報に掲載された「諸外國人に日本來遊を勸むるの廣告」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

諸外國人に日本來遊を勸むるの廣告

我日本國にて追て條約を改正して外國人に内地雜居を許可するに至らば外國人は商賣の爲

め興業の爲め將た遊觀保養の爲めドヤドヤと我國に渡來す可きや或は來客思ひの外に少な

くして兼ねて待ち設けたる程の大入を取ること能はざるや是れ實に未來の一大疑問にして

關係する所小ならざるが故に我輩は諸外國人に接して何かの語次に此疑問を試むるも毎度

の事なりしが或は來客多かる可しと答へ或は豫期の半數にも達せざる可しと云ふ者もあり

畢竟歐米人が此一疑問に對して其答を區々にするものは其國柄も同じからず其身柄も同し

からず隨て其所知所見の境遇相異なるが故にして各其所知所見に僻するの趣なきに非ざれ

ば我輩は今姑く其可否を判斷することを止め扨ていよいよ内地雜居を許すに當り我日本國

の爲めに謀りて外國人の渡來の多きと少なきと果して孰れを撰む可きやと云へば勿論誰れ

人も其多きを撰むことならん斯くて來客の多きを望めば亦隨て之を多くするの方法を講せ

ざる可らず而して其方法は今後我内地の物産をして歐米人の需要に適せしめ以て其商賣取

引の區域を廣むる事、又外國人が内地に入りて通商起業の事を行ふに當りて成る可き丈け

の便利を與ふる事等固より種々樣々にして彼の亞細亞博覽會を開設するなども亦其方法の

一ならんと雖ども此等の込み入りたる方法を外にして我輩が一寸思附きたる一方は日本政

府の筋よりするか又は有志有金者の申合せにて今より世界各國の新聞紙上に廣告して諸外

國人に日本來遊を勸告すること即ち是なり我輩今假りに其廣告文を認めたれば之を左に掲

載す可し

     諸外國人に日本來遊を勸告す

太平洋の西に極楽園あり日本國と稱す温帶の氣候身に適し、四時の風光心を樂ましめ、盛

夏熱(摯の手をれっか・点4つ)して燬かず、嚴冬寒して酷ならず、春風秋月興に入らざ

るものなし、獨り夫のみならず人口の稠密にして其氣風の温和濃厚なるは百花の春風に吹

かるゝが如く、其洒落清雅なるは秋江の水の流るゝが如し、厚情能く異郷の客を遇し、快

活常に交際の趣を解し、居は清浄にして潔癖の民と稱せられ、物は廉にして生計の難を覺

えず、近年追々鐵道も成りて行樂に便なるに隨ひ試に内地に入りて見れば山林泉石の奇妙

なる殿堂臺〓(木+射)の風雅なる文人は以て吟情を養ふべく武人は以て古跡を吊ふべし

山靈にして温泉湧き林深くして遊獵に適し忽ちにして白砂青松忽ちにして菜畦麥圃、景物

の變一歩一歩よりも多くして此中に入るものは自から顧みて畫中の人たるを覺ふべし若し

夫れ内海の美觀、竹島松嶼舟行窮まるが如くにして忽ち又際なきの風致に至りては歐米諸

國人の此に來遊するもの既に許して世界第一の風景なりと稱するが故に今敢て之を贅せず

堂宇泉石の古雅にして日本美術の精英を鍾めたるは實に京都の東西山にして「蒲團きて寢

たる姿や東山」の一句亦以て其光景を想像するに足るべし其他日本の三景は勿論、富峯の

白扇を半天に懸け吉野の櫻花滿目皆雲などの趣に至りては自から一種出色の景物にして一

たび此境に入るものは心安く體胖かに優遊して以て歸るを忘るゝとならん然るに今や此地

球上には到る處に蒸汽船車の便ありて天涯此隣も啻ならず米國よりは半月餘、歐洲諸國よ

りも亦一箇月少餘にして此樂園に達することを得べければ苟も行樂の資に乏しからざるも

のは僅かに數箇月の閑を倫み老少男女相携へて此に來て其風景を玩び又時としては温泉に

浴し以て病を治し又氣を養ひ以て其生を永ふすべし日本國の官民は成る可き丈けの好意を

以て喜んで遠來の客を待つものなり

日本政府の其向きの者か又は我有志有金者の思附にて大抵右樣の文意の廣告文を認め之を

各國語に飜譯して各國の新聞紙上に廣告し置き扨て日本の方にては官民一体外國寶を好待

することを心掛け例へば外國寶が便船に搭して日本の或る港に着する時は其向きの世話人

は之を迎へて夫れ夫れの旅舘に案内し通辨人の雇入、内地遊覽の都合等何にくれとなく萬

事懇切に取扱ひ又此外來賓が内地漫遊の便を謀りて地方の重も立ちたる塲所柄には仮令へ

美麗と云ふ程には非ざるも清潔にして眠食に差支えざる位の旅宿を設け置き又豫め地方の

人民に諭達して外國人なるが爲めにとて船車の賃錢、飮食物の代價等を殊に法外に貪るこ

とを禁じ又行路の由る所は總べて遊獵を自由にして其行樂の興を添え或は又内海の如く船

便の多き處にては外國人の望に應じて時々遊覽船を發し故らに迂路を取りて風景賞玩の便

に供する等成る丈けの便利を與へたらんには遊資に乏しからざる外國人は追々之を傳〓し

て來遊するもの多く五月三月日本に淹留する其間に氣候は清朗にして寒喧宜を得、林泉堂

宇の勝到る處に目を娯ましめ衣食住の度は左まで高しと云ふにはあらねど人民一般に清潔

を貴び居室器具常に能く拂拭して一點塵をも留めざるのみか老幼男女一日に幾回となく手

を洗ひ一週に幾回となく沐浴するもの多く一種の語を用ゆれば亞細亞洲中の潔癖國とも稱

す可き程の次第にして西洋國人も此中に入りては起居眠食に汚穢を覺えず滿身洗ふが如く

にして自から六根の清浄なるを感ずることならん且つ其人民の人と爲り洒落快活にして能

く客を遇し、文采風流の中に氣骨を存して文明進歩の思想に富み政治法律語る可く文雅風

流談ず可し、品物安直にして生計の苦なく悠々樂んで以て歳を卒ふ可し云々として物數奇

にして貧乏知らずの外國人は日本を以て世界の共同遊園と爲す等の談あるやも知る可らず

斯くて一度日本に來遊したる外國人が夫れ夫れ其本國に歸る時は新聞紙上に紀行を載せ茶

席宴會に快遊を誇り歐米貴士女の間に於て日本國及び日本人と云へる事が一種の流行談と

爲ることならん我々の一大名譽と申す可きなり凡そ今の文明世界に立國するものは人の己

れを知らざること最も患ふ可き事なるが故に苟も他國他人に知らるゝの方便あらば商賣的

の考に於ては或は差當り損毛する所あるも之を顧みるに暇あらざるは今日世界一般の國情

なり然るに今諸外國人を日本に誘引して以て我國の實際を示し以て我國の實價を知らしむ

ると同時に商賣的の考に於ても亦幾分か國益を與ふるの方便ありとすれば事の大小難易に

拘はらず我々共は如何にもして此方便を盡さゞる可らず即ち今我輩が我政府の其向きの者

並に我有志有金の者に向ひ此方便の一端として滿世界の新聞紙上の日本來遊勸告の文を掲

載するの得策なるを説く所以のものなり(高橋義雄)