「進歩は必ず改良なる乎」
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時事新報に掲載された「進歩は必ず改良なる乎」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。
本文
進歩は必ず改良なる乎
左の一篇は米國のドクトル シモンズ氏が本月十六日交詢社の大會にて演説し其席にて中
村貞吉氏が邦語に口譯して會員に報したる其筆記の原文を翻譯したるものなり(見出しの
前文)
昨十九年の暮、余が再び當國に來るや我舊友福澤君は余に諮りて交詢社に入りては如何や
とのことゆゑ交詢社の日録を尋ねしに交詢社の志す所は處世の道を諮ひ〓〓の〓を〓り互
に有益なる智識を交換して自他相利せんと云ふに在りと答へられたり恰も好し余や心已に
斯る知〓を〓き殊に其日本に關する事は未だ一日も懷に忘れたることなきものなれば其我
意を獲たるを喜び〓に福澤君の勸めに任せて交詢社員の後へに從ふことゝはなりたり
其後余は屡々交詢社の例會に出席して社中有識の人々と語り合ひ面白き有用なる事共學び
得たる所少なからず其後も益々交際を繁くして益々進益を得んことを謀り以て一身の智識
をも加へ兼ねては又余が知れる所にして苟も要用と思ふものもあらば事細大となく、肝膽
を照して有道の歎を請はんことを望めり
余〓きに日本を去り歐米の間に在ること五年今復た來て當國の有樣を觀れば其變化の驚く
べき實に前日の比にあらず是れ皆當國の人士が西洋の風俗習慣を採用するに熱心なるの致
す所、决して偶然にあらざるなり此事業を成すに興て力ありし人々は此變化を稱して日本
の進歩と云ひ進歩は即ち日本人民が世に處し國を經するの有樣を改良するものと思へるに
或は進歩は必ずしも〓〓にあらざるを奈何にせんとて之を非難すうものもあれど然れども
日本人は過る十數年の間に悉く開國以前の舊物を一新して變化する所極めて夥し誰れか〓
〓〓〓を以て日本の大改良に非ずと云ふを得るか
抑も日本進歩の一斑を擧れば蒸汽船は港より港に馳せて〓〓の〓〓〓き顔色なく電信線は
恰も蜘蛛の網を張りて〓〓〓〓〓通し鐵道の設け方さに盛にして郵便の〓〓〓〓〓〓軍備
嚴然として海に陸に洋式を模し大小數々の學校到る處に開けて百千の子弟を教へ女子の教
育〓〓〓西洋の音樂を奏し西洋の服色を飾り艶容婆〓として舞踊をなすなどは余が日本在
留二十七年の昔しには曾て其例を見ざりし所にしえ其今昔豹變の跡を一考すれば余は恰も
夢中の人に外ならず長眠未だ醒めずと思ひながら乍ち眼を開き乍ち眼を閉ぢて獨り自から
〓へ〓〓嗚呼驚くべきかな日本變化の速かなる實に〓〓の〓〓〓次第に〓漸して此絶海の
一孤嶋も已に全九≪〓〓〓内に入れりと
〓〓〓〓の〓〓習慣とて固より〓〓稱すべきものあれば〓〓〓〓〓にして言ふに勝へざる
もあることなれば之を〓〓に〓ぎて概〓するには能く能く吟味〓〓し自から〓〓へ〓るも
〓すべき筈なるに當國人民の進取に勇なる〓〓〓なるものは申す〓〓が其醜汚の甚しき本
國西〓〓〓〓〓〓〓〓〓した〓〓〓も十把一束に之を併用〓〓〓〓〓〓〓〓〓に及ぼし又
〓〓の風習といふの故を以て悉く〓〓なり一點の〓なしと思ひ論〓たるのみにして別に是
れぞといふ理由なきが如し余が外國人たるの目を以て當國人民の擧動を見れば此誤解より
して凡百過誤の中に在て自ら知らざるもの多し是れ余が一家の言にあらず西洋の知友も大
に此間に懸念を抱き日本人民の多數は變化を以て進歩とし進歩を以て改良とし總く其古風
舊俗にして西洋の風習と異なる所あれば大に赤面して忸怩たるの色あるは余輩の屡々見て
明に察する所なるが是れが即ち日本人民の弱點にして余輩は却て日本人民の爲に殘念に思
へるものなり日本に存せる古風舊俗にて其善美にして西洋人が之を模倣して大に文明の益
たるもの隨分少なからざることなれば日本の人士は歐米の風を學ぶに進取の氣象あるは誠
に目出度きことなれどもまた躁急に過ぎて前後の辨へなく一圖に西洋の風を望み恰も敗軍
の勢が風聲鶴唳を以て皆兵となす如き狂態なからんこと偏へに當國人士に向て所望する所
なり
以上余が陳説したる言を以てシモンズは日本を封建の昔にして大名武士の舊天地を見んと
欲するものなりと速了するものあらば是れ大なる誤なり余は决してかゝる不稽の説をなす
ものにあらざるなり日本は今新に長眠を破て活眼を西洋の文物に注ぎ居るものなれば是れ
より益々變化し益々進歩し西洋文明國と先後を爭ふに至らざれは止む可らず但其變化と進
歩とをして常に改良に伴はしむるの要は一日も忘るまじき事なり此れさへ注意して進歩せ
ば今日西洋の文明は必ず明日日本の文明たるへしとは人もいひ余も望を属すれども然りと
雖も西洋の文明は金力之れが基礎と成せるものなれば日本人にして西洋の文明を買はんと
せば先づ國を富すの策なかるべからず去れば商賣なり工業なり苟も日本の富を増すべきも
のは勉めて之を改良進歩せしむるは目下第一の急務なり故に西洋人は如何にして産を殖や
し富を致すかの一點に注目して其服制は何なりとも其家屋は如何に建築するとも其邊には
一切構まはずして可なり尤も衣住の制を摸するも文明輸入の方便には相違なしと雖ども西
洋文明の高價なる金力を以て之を買ふの外また良法あるべからず抑も一國を富ますの道は
一二にして足らずと雖ども其眞正の富源は土地に在り農民富んで豐かなれば國盛かへ農民
貧ふして疾めば國衰ふ一國の盛衰實に農民の貧富に由る若し當國の士が西洋の文明を願ふ
て一國の富を計らんと欲せば宜しく全國農民の景况を審にして之をして豐富の域に躋らし
むべし農民豐にして一國富む一國既に富む西洋の文明貨を以て致すべきのみ時迫て言短し
と雖ども一國の富源土地に在るの一事は决して架空の説にあらざれば當國人士の深く省慮
せられんことを請ふなり