「ドクトルシモンズ氏意見譯文」
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時事新報に掲載された「ドクトルシモンズ氏意見譯文」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。
本文
ドクトルシモンズ氏意見譯文
左の一編はドクトルシモンズ氏が過日交詢社の大會に於て社會の進歩必ずしも改良にあら
ざる旨を演説し當日尚その意の盡きざる所ありとて更に記したる英文を翻譯したるものな
り
余は過日交詢社の大會に於て日本社會は近時大に進歩したれども是れ即ち改良と見做す能
はざる旨(四月十九日の本紙上に掲載す)を演説せしが此旨果して事實に相違なしとせば
日本國民は其進歩の實をして有用改良の進歩たらしめんことを冀望する其際に若しも心得
違ひして外國人の之を正し忠告することもあらば悦んで聽く可き筈なるに不思議なる哉、
實際に於て然らず余は常に其何故なるを會得するに苦しみしが退て千思萬慮すれば日本人
が外國人に對して其忠告の忠なるにも拘はらず兎角これを聽くことを好まざるに似たるは
自から其理由あるものなりとの結論を得たり
日本は古來東隅に孤立して永く世界文明の先進國と相隔絶したることなれば世に國利を進
め民福を增すの事物は數、多しと雖ども曾て之を知らざるも鎖國の弊、固より怪むに足ら
ず其一朝眼を開て西洋諸國と交るや忽ち文物の粲然たるに驚き一時手に唾きして其餘光を
分ちたるは氣力の自由豁達にして今に至て普く文明諸國の稱賛を博し以て世界獨歩の一例
を遺したり其日本人民中達識の士は當時早くも自國の風習に惡しきものゝ多きを承知して
之を改良するを望み何卒して風習の我に優りたるものを見出さんとて誠意誠心に熱したる
ものなれば博く知識を得て風習改良の資となさんが爲め之を西洋の高等文明國に求むるは
亦自然の順序なりと云ふべきのみ故に多勢の外國人を聘し莫大の費用を投じて其助言敎示
を仰ぎたるも折角の企望其詮なく顧問の敎師多くは有識の人にあらず偶々專門の術に明な
るものも實用に益を爲さず日本人民に特有の事、内實の情は更らに知らざるが故に策を立
つる屡々なりと雖ども皆拙劣にして取るに足らざるもの多し拙策にして止めば猶ほ恕すべ
しと雖ども實際に日本國を禍し日本人を審するに足るものさへ少なからず當國人民は愈々
之を見て愈々之を悟り次第に外國人を忌嫌して疎外の心を生じ傭外國敎師の敎示も尋常外
國人の助言も一切之を聞かずして躬目から事業を執り外國人の信用全く地を拂ひたり左れ
ば外國敎師も日本人民の意を迎へて其職業を專門の敎育に限りて日本人の爲す所へは復た
助言の喙を容れざるに至れり
扨右外客排斥より生じ來る結果は果して如何なるや盖し善惡相半ばするものと思はるゝな
り先づ其結果の善なるものを申せば日本人にして自から手を下して其風俗習慣を改良する
には有識者に非ざれば能はず其有識の〓を以て自國の風習と外國の風習と相對照し慥に自
國風習の陋しき部分を見定めたる上我を變じて彼を模する事なれば其變化は必ず眞正の改
良なるや必せり此點より勘考すれば外國人を排斥するは寧ろ喜ぶべきが如しと雖ども己れ
を知るは己れに若くなし彼れを知るは彼れに若くなし外國の人が自國の風習の汚下にして
必ずしも悉皆模倣すべからざるの事情あるを知るは即ち外國人の外國人たる所にして其明
遙に日本人の上に出でたり左れば日本人が外客を排斥して其助言を信用せざるの風を成し
てより外國の風習學ぶ可らずとの助言をも求めず又之を採用せず其極は變化と改良と相背
〓するの禍害に陷る豈に結果の惡しきものならずや即ち此〓結果は外客を排斥して其助言
を信用せざるの致す所なれども余の考ふる所を以てすれば猶ほ此外に一理由の指點すべき
ものあり即ち日本人の誤想にして其心に〓へらく西洋人は我を以て劣等の人種と見做すこ
とならん故に我に敎ふるにも大に加減して其爲す所を以て我に爲さしむることなかるべし
と猜疑常に其胸間に橫たはり恰もひがみ根性を以て己れより優等なるものゝ顰に倣はんと
することなれば偶々外國人が東西風習の優劣に就て然かく誤想する勿れなど助言するも猜
疑の心を以て之を信ぜず甚しきは外國人を敵視して之に近つかず其人が折角の深切を以て
發言するの誠意をも知らざるもの徃々にして然り所謂疑心暗鬼を生ずるものならんのみ
(以下次號)