「税源なきにあらず」

last updated: 2019-09-29

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時事新報に掲載された「税源なきにあらず」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

税源なきにあらず

文明の國事甚だ多端にして政費の要漸く増加するの今日に當り税源を求めて之を得ずとは

政府の當局者に於て常に憂る所にして我輩も亦竊に其憂を共にする者なり抑も國民に税を

課するの法は古今經世家の議論種々樣々にして最も喧しきものなれども詰り天下の人心に

戻らずして不平の少なきものを良しとするのみ例へば地租の如き數千年來年貢上納の事は

我農家の習慣を成して其心に深込みたるが故に道理の如何に拘(口がム)らず今日に於て

も地租と云へば民間の苦情甚だ少し之に反して酒煙草菓子等の税は道理に於て最も適當な

るものなれども徃々苦情を鳴らす者多くして時として脱税を企る者さへあるは此新税法の

習慣未だ成らざるに由て然るものならん左れば今日新に税法を設るは悉皆新税にして人心

に戻る可きに似たれども我輩の宿論を以てすれば一種屈強の税源なきにあらず即ち天下の

男子に課するに兵役税を以てするの法是れなり方今我國の兵制は全國兵の法にして苟も日

本國に生れたる男子は一人も殘らず兵役に服す可き筈なれども今日の有樣にては陸軍の常

備に兵を要すること少なきが故に徴兵適齢の男子の中、實役に取らるゝ人員は十分の一に

も足らず他の九分餘は皆幸にして免かるゝ者なり、免かるゝ者は喜ぶ可けれども其喜ぶほ

どに免かれざる者の憂は大なり故に今この喜憂を平均して全國の男子一般に護國の義務を

負はしめんとするには金を以て兵役に代るの法こそ願はしけれ即ち我輩が兵役税の語を作

りたる由縁にして其主眼は日本の男子は生れたるときより兵役の義務免かる可らざる者な

れば苟も不具廢疾白痴瘋癲にあらざるより以上は身を以て實役に服する歟金を以て役に代

る歟兩樣の中必ず其一方の義務を負擔せしめんとするの趣意なり

以上は唯事の公平を主として立言したることなれども眼を轉して國庫經濟の點より之を見

れば新に屈強の税源を開きたるものと云はざるを得ず明治十七年の統計を見るに全國丁壯

の總員二十九萬八千六百八十五人とあり此内より現役者一萬五千八百九十八人と除役に屬

する者八千百二十九人を引き殘て二十七萬四千六百五十八人の數あり即ち此數は我常備兵

に不用の男子にてありながら護国の義務は免かる可らざる者なるが故に其義務の代價即ち

兵役税として毎一人に十圓を課すれば二百七十四萬六千五百八十圓、十五圓なれば四百十

一萬九千八百七十圓を得べし且この税は人民に課して公平の主義を失はざるものなれば課

せらるゝ者も不平を鳴らすに口實なきのみか所謂徴兵遁れに心配する者さへ多き世の中に

悦んで金を出す可きや明なり或は此税法の行はるゝと同時に兵役税請合會社とて生命保險

會社類似のものを起し男兒の生れたる其年より毎年些少の金を積んで滿二十歳の時に十圓

か十五圓の金を請取るなどの仕組もある可し兎に角に兵役税は人情の路筋より流れて來る

ものなれば収入の圓滑なるは又疑を容る可らざるなり此事に就き我輩は明治十六年中既に

立言して識者の高評を乞ふたることあり今同年四月七日發兌時事新報の一節を拔て之を左

に記す但し當時の調査は不十分にして本論と數字を異にする所もあれば識者その數の如何

を問はずして唯論旨の所在を會得せられなば幸甚のみ

 右ノ主義果シテ公平至當ナラバ其實施ノ法ヲ案スルニ統計年鑑明治十三年人口ノ調ニ全

國ノ男子二十年以上五十年未滿ノ者七百五十八萬五千百三十八名トアリ之ヲ三十分シテ其

割合ハ少者ノ方多カル可キガ故ニ滿二十年ノ者ハ大數二十六萬ト假定シ此内十分ノ一即チ

二萬六千ハ白痴瘋癲不具廢疾ノモノトシテ殘二十三萬四千ノ數アリ又此内ヨリ現役ニ服ス

ルモノヲ三萬三千トスレバ(常備凡ソ十萬ノ豫算)殘ノ大數二十萬アリ即チ服役セズシテ

兵役税ヲ拂フ可キ者ノ數ナリ二十年ノ者二十萬ナレバ二十一年二十二年ノ者モ各二十萬ニ

シテ合計六十萬ノ免役者ヲシテ兵役税ヲ納メシムルコト各金五圓ト定ルトキハ毎年三百萬

圓ノ金ヲ得ベシ此金ヲ以テ現役者三萬三千ノ毎年除隊スル者ニ給與スレバ一名ニ付凡ソ百

圓ノ割合ナル可シ即チ兵士ハ三年ノ苦役ニ百圓ノ金ヲ携ヘテ故郷ニ歸ルガ故ニ自カラ又生

計ノ緒ニ就クヲ得ベシ顧テ免疫者ノ有樣ヲ見レバ三箇年ノ間ニ十五圓ヲ拂フノミニシテ苟

モ家産アル者ニハ苛重ノ責ニ非ズ假令ヒ苛重ナリト云フモ恰モ他人ノ快樂ト生命トヲ買フ

テ自カラ免カルゝモノナレバ毫モ不平ノ訴フ可キモノナシ或ハ貧家ノ戸主子弟ノ如キ之ニ

堪ヘズト云フ者モアランナレドモ現役ニ服スルモ家ニ勞スルモ區別アル可ラズ如何ナル男

子ニテモ不具廢疾ニ非ズシテ二十年ヨリ二十二年ノ間に強健ノ身體ヲ以テ自カラ勞スル歟

又ハ他人ニ雇ハレテモ一年ニ五圓ノ金ヲ得ルハ至難ノ事ニ非ズ、身自カラ徴兵ノ現役ニ服

スルノ覺悟ヲ以テ勞役ス可キハ無論ノコトニシテ同國同胞ノ義務ニ於テ免カルゝノ路アル

可ラザルナリ