「 新會社發起人諸氏に告ぐ」

last updated: 2019-09-29

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時事新報に掲載された「 新會社發起人諸氏に告ぐ」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

新會社發起人諸氏に告ぐ

過般來世上に株券流行の勢を生じ鐡道汽船瓦斯保險等諸會社の株券一時非常の高價に上りたるが是れは世上の資本家が連年の商况不景氣に際して其資本を投ずるの地なく暫時公債證書を抱て市塲の氣息を窺ふ折柄、整理公債の發布に逢ふて公債證書も亦依頼するに足らざることを發見したる等の事情に因りて資本家の人氣一時に諸株式に傾きたるが故にてもあらんか兎に角人氣の向ふ所破竹の勢ひを以て競り上げ騰貴の極端其利子の割合を算當すれば僅々二三朱に過ぎざるをも顧みずして頻りに買ひ進むものもあり此際何か新會社を發起して其株金を募集すれば之れに應ずるもの雲の如く忽ちにして其募集額に幾倍するのみならず百圓の額面に對して五十錢乃至一圓の手附金を拂込みたる其株券が頓に幾十圓の價格を生ずるが如き有樣なりしかば製絲紡績鐡道運河等の新會社を發起するもの全國到る所殆んど枚擧するに暇あらざる程にして一時株式の人氣は誠に目覺ましき事なりき、然るに凡そ物極端に進んで反動これに繼ぐは自然の原則にして昨今は人氣も漸く〓け諸株式の價は打て替て非常の下落を現はしたれども一旦發起したる諸會社は俄かに消滅す可きにも非ず且つ此等の諸會社の中には一時の勢ひに乗じて株金募集の運びに至りたるまでにして未だ其事業に着手せざるものも多く隨つて株金拂込の時期に達せざるが故に其前途の成行に關して思ひの外に氣樂なる向きもあり或は更に新會社を發起せんとして遅蒔ながら今日正に其計畫に從事するものも少なからざるが如し新會社の所々に發起して殖産興業の多端なるは國の商工業の爲めに謀りて我輩の欣喜に堪へざる所なれども然れども其事業を發起する人々の心掛如何に因りては或は意外の結果を來すことなしと云ふ可らず現に普佛戰爭の後普魯西は佛國より五十億フランクの償金を取りて國内に正金の餘剰を生じたるのみならず連年の戰爭にて一時商工業の不安を生じ全國各地の諸製造所は殆んど廢絶の姿を呈し居りしかば戦後の人心殊の外に膨張して資本家は百方手を廻はして其資本を投ぜんとし事業家は上下に奔走して新に事業を起さんとし紡績製鐡等の事業を始めとして諸般の事業會社所々方々に勃興すること雨後の筍子も啻ならざりき斯くて此れ等の新會社を發起するものは大抵年五朱内外の利益を目當てとしたる由なるが其發起人と稱するものは概ね一時の興に乗じたるものにして遠大不拔の考案を具へざりしかば事の成跡の不如意なるに驚きて次第次第に廢業し當時一敗の運を免れて卓然今日に持續したるものは誠に僅々の数なりと云ふ左れば昨今我國にて頻りに新會社の創立あるは國の爲めに祝す可きに似たれども其發起人諸氏の心掛次第に因りて或は却て之を用せざるを得ざるの成跡なしとも云ひ難し今新會社を發起す人々の中には一時株券の流行に乗じて漫りに新事業の經營に加擔したるものはなきや目先き資本の置き處に困じて投機業に類する新事業に觸れたるものはなきや或は事業其物の利害如何を顧みず一時株券を所有して跡は野となれ山となれ其株券の騰貴するに乗じて直ちに之を賣り去らんとするものはなきや此等の人々は其發起の事業に〓〓〓〓〓不拔の見込みを有せず賢着なる事業を恰かも〓〓〓の格式にて〓〓ひ利害得失初めより事の終局を〓〓たるものなれば〓〓松柏の〓〓とてはなく一朝の〓〓〓〓〓するに及んで彼の普魯西の事業家と其命〓を同くするは我輩の今日より〓見する所なり今日の時勢を以て察するに後來我經濟社會の變動は隨分多端なる可きが故に昨今世上に發起したる各種各般の新會社も何時か一度は其變動の衝に當ることを期せざる可らず左れば新會社の發起人諸氏は今に及んで斷然當初の念慮を入れ替へ前途の事業上幾多の困難に當るの身構へを爲して質素を尚び冗費を省き基礎の充分に固まるまでは餘り其規模を廣げ過ぐるの弊を絶ち經濟社會の景状は假令ひ秋霜烈日の觀を呈することあるも恰かも松柏常青の操を守て徐ろに陽春和氣の回復を待つの覺悟あらんこと國の經濟の爲め我輩の切望する所なり