「言論自由の擧を祈る」
このページについて
時事新報に掲載された「言論自由の擧を祈る」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。
本文
言論自由の擧を祈る
明治二十三年國會を開設して政黨政治の端を開くに就ては我國にても西洋文明國の例に據り單に言論の武器のみを以て政治上の爭を決せざる可らず即ち政府の人々も言論を以て攻防の具と爲し在野の人も亦言論を以て之れに應じ結局其言論を以て輿論を制御したるものが獨り〓〓を占むるの趣向と爲し國の政治機關を圓滑にして其軋轢衝突を避くるの覺悟なかる可らず是れ我輩が前號に於て内閣諸賢に政畧公示の擧を渇望したる所以にして國會開設の期限も約束上に於て最早切迫したる今日いよいよ之を開設して實に時勢に適するものならば諸賢に於ても盖し我輩と同案なる可しと信ずるなりいよいよ斯くと英斷したらば諸賢も今より夫夫の用意して西洋政黨の風に倣ひ宴席又は集會の塲所に於て時に其の政畧を公示して輿論の方向如何を相するの工風ある可きは勿論、又斯くなる上は從來官吏の政談演説を辨じたるが如きも今は最早時勢後れの趣なきに非ざれば今後直に其禁を解きて政府自防の働を自由にすること肝要ならん孰れも政府の人々が國民一般に對するの要務にして更に此主義を擴張して云へば政府は自から其言論を逞ふすると同時に民間人の言論に就ても亦十分なる自由を與へ容易に其政治上の意見を發揮せしむ可きは勿論政治に志ある人々をして自由勝手に之を聽聞せしむるの便利をも與へざる可らず盖し言論には危激亂暴にして或は所謂國安を妨害する程の性質を含蓄するものあり此種の言論は政府の職分として之を停止すること固より其所なる可しと雖ども讒誣疎暴の言論は其影響思ひの外に緩慢にして當局者の想像するが如く有害の働を逞ふするものに非ず漫りに讒誣の言を放て人の私身を攻撃し疎暴無稽取り止めもなき説を吐く者あれば論者自から其狂愚を披露するに同じく心ある人々は之を聞て直に之を一笑に附し去る迄の事なれば言論自由の世界に於て此等の空言暴論が輿論を制する程の力を有すべしとも思はれず左れば當局の人々が大〓斗の如くにして毫も意に介する所なく是非曲直これを識者の判斷に任して泰然として動かざるときは一線の濁流大会を濁すに由なく世間汪洋たる輿論の海〓〓々たる一個人の暴言を以て爲めに其色を變するの息なきが故に言論は大抵の處まで自由にするも實際無害有益の結果を呈すること古來各國の例に〓して明白のことなり特に言論の性質は之を自由にする時よりも寧ろ之を?束する時に當て危激の勢を呈するの實あるが故に今日に當ては政府も前後の時勢を斟酌して民間の人の言論に成る可き丈けの自由を與ふること最も肝要の事なるべし目下政府が言論自由に對するの精神は果して何の〓に駐箚するや我輩は其手心の〓〓を察するに由なけれども現行條例の文面には政治に關する事項を講談〓〓するに三日前より届け出て其向きの認可を得べしとあり實際の手續に於ては或は論題及び其論趣の?定を〓はすの塲合もありと云ふ又現條例中には講談論〓の肩書に揚げざる事項に亘るときは全會を解散せしむべし云々〓は陸海軍人警察官官公私立學校の教員生徒農業工〓の見習生等は政治を論ずる集會に臨むを得〓〓〓〓〓箇條もあり畢竟此等の條々は徃時一朝の政治〓〓〓〓其時に應ずるが爲めに設けたるものにして今日〓〓〓と爲りては〓〓官民ともに幾分の不便を覺〓〓〓〓〓も少なからざるが如し明治二十年の今日、〓〓〓〓〓に連れて〓〓〓〓も追々其政略を公示するの塲合を生ず可きに就ては之れと同時に言論に關する條例成規を改革して民間の人にも書論上十分の自由を與へざる可らず然らずんば世上の口善悪なき者共は諸賢を評して自から論ずることは自由勝手にして他人の言論を?束するとは奇怪なり云々とて或は其平等ならざるを訴ふるの輩もあるべし是れ豈に我が内閣諸賢の意ならんや我輩は此一事に關して偏へに諸賢の猛省を祈るものなり
抑も明治二十三年に國會を開設するとの約束はあれども其國會の性質如何は日本國民の未だ知らざる所なり我輩が昨今兩日の紙上に記したる所は國會の開設即ち日本國の政治は純然たる西洋政黨國の風に變ずるものなりと假定して言を立たるものなり即ち政黨政治ならば西洋諸國の慣行に從ひ官民の別なく言論を自由にして可なりとの意を述べたるものなり言論をも自由にす可からざる國に於ては國會開設も亦固より望む可からず言論自由にして政黨も亦爭ふ可きのみ故に遠く千百年の國情を考へ近く七八年來の事實を視察し政黨國風の國會果して開設して果して民利國益たる可しとの定論を得たらば斷じて進んで先づ言論自由の邊より端緒を開く可し若し或は然らずして我國情の一般と云ひ其民間の關係と云ひ未だ以て眞の政黨政治に變ずること易からずとの所見もあらば尚ほ退て舊物を守らざる可らず其進むと退くとは實に今日の政治上に大切なる一點にして當局者の千思萬慮を要する所のものなり