「外國商賣の事は外交政略の外にす可し」
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本文
外國商賣の事は外交政略の外にす可し
外交とは國と國との交際を稱する者にして商賣貿易には無縁なれ共西洋人が東洋未開の國々を相手にしては自家の創意を以て故さらに其間に縁を繋がせ外交の政略を私の商利に使用する事例往々これあるなり甚はだ謂はれ無き次第なりと雖ども如何んせん古來東洋の習慣にて外交と貿易との區別立たずして西洋諸國より此筆法を加へらるゝも恬として怪しまざるものゝ如し例へば此〓來清國に於て天津北京の間二百四十里(支那里)の處に鐡道を敷設せんとし總理衙門の決議を經て直隷總督李鴻章より其旨を各地方官に通告し彌々工事着手の運びに至りしが夫れより先き既に英佛獨米の諸國に於ては支那鐡道工事請負の利益に着目し其國の商人等は前々より支那に來り中には本國の政府若くは當路者より別段の添書を持參し更に清國渡着の上は本國の公使若くは領事に便り或は又李鴻章附きの外國人に〓〓して頻りに請負の周旋に忙はしき由は豫て我輩の聞き及び居たる事實なり此種の周旋は獨り鐡道にのみ限るに非ず諸般の貿易皆な同樣の順序にして東洋に來る所の商人は先づ第一に公使領事の紹介を當てにし外交上の庇蔭を仰いで品物賣込みの手蔓を求むる事此々みな是ならざる無し特に近年に至りては其風氣最も甚だしく東洋の商賣と云へば必らず其國官邊の手助けを要するものゝやうに心得て其邊に取持ちを依頼せんとするは今の西洋商人一般の風にして支那へ對しては勿論、我日本に來りても往々其方略を仕向るものありと云ふ甚だ慙愧に堪へざる次第なり此事に關してはロンドン チャイナ エキスプレスの紙上に於ても近頃議論あり曰く英國の商權が東洋にて逐々衰退するは英國公使の一擧一動本國の政府と國會に掣肘せられて思ふ儘に商人の保護奬勵を爲す能はざるも亦其一因なり然るに獨逸の公使などは其國の商人の爲め手段を盡して成る丈け本國の品物を賣り込まする工風を怠らず就中その國の政府に供給する物品は公使一人の働きに因りて得意を〓〓こと容易にして英國の商賣が漸次その鼻を〓かるゝも全くこれが爲めなるべし盖し本國の威光に頼り外交の智巧を利用して貿易の繁昌を促すに足ることは支那日本に於ける商賣の實地を知る人の孰れも詳悉して疑はざる所ならん云々と即ち何故に英國の公使は他の外國の公使の如く外交上の職權を商賣保護の事に用ひざるやとて暗に之れを奬勵したる意味なるべし西洋諸國同士の國交際に於て苟めにも斯かる議論を發したらば人に其奇怪を笑はれて自からも赤面することならんと雖ども東洋諸國に對する時は大膽に其説を吐露して忌憚を知らず西洋人が東洋を輕侮する一般の思想は獨り前記のエキスプレスに限らざるなり
偖て右の如く日本も支那の同伴中に數へられたるは日本國の冤罪なり我輩之を辨護して已まずと雖ども支那國が右の風説を立てられて其商賣は單に西洋商人の腕前にのみ依願す可からず各國の公使領事これに干渉すればする程其利益を見る者なりと其考案を西洋人の頭腦に吹込みたるは支那人自から招きたるの災難と云はざる可からず例へば前記天津北京缶の鐡道の如きも英吉利独逸亞米利加の三國に入札せしめて請負費用の最も〓〓〓〓〓〓に其工事を託する評議の由なれども是れ既に第一着を誤りたる話なり抑も鐡道工事に斯かる入札の〓を用ゆるは〓〓英米獨三國の愛想氣嫌を盡かさ〓〓〓〓〓の方便なるや知る可からずと雖ども世界の相塲〓〓で其工事の手早くして價の廉なるは亞米利加の鐡道にして構造の丁寧堅固なるは則ち英吉利の鐡道なりとは爭ふ可からざる定論なるに支那の政府が殊更に此入札の新法を用ひて米英を競爭せしめんとするは果して何等の所存なるか廉價の鐡道を作らんと欲するならば之れを米國に注文すべし又堅固の鐡道所望とならば往て英國に需むべし颯々と自家の斷案通りに決行して少しも遠慮に及ばざるに何にか公平らしく入札云々の旨を公布したるは是れ第一に米英間の爭ひを促すべき事端にして商賣に外交官の容喙を許可するの害永く延ひて後日にまで波及すべきなり又米英の外に鐡道事業には格別の評判も無き獨逸國が入札者の一員に加へられたるは仔細ありげの事相なり在清國獨逸の公使は獨中外交を商賣に利用するに如才無き熱心家(エキスプレスに據れば)の由にも聞けば此邊の由縁にて英米の次に同じく候補者に擧げられたる事ならんと思はるゝなれども獨逸が支那鐡道の工事に關係し得るとせば佛蘭西のみ獨り其仲間を除かれたるは寧ろ奇怪の至りに非ずや特に安南の事件以來佛清媾和の其の時にも清國は將來國内に鐡道工事の類もあらば第一着は佛蘭西に得意を譲るべしと堅く約束の上其の局を結びたる次第もあるに天津北京起工第一着の鐡道請負員を除名せられたるは少しく不都合なるが如し夫れは兎も角も支那の如き廣漠無邊の邦土を通じ他日鐡道を敷設する時節に至らば今日天津北京の鐡道の外交と商賣とを混同したる其惡例が俑を作りて支那の鐡道は歐米列國外交家が各自競争の分捕物たるを免かれざる不幸に際會せんも知る可からず我輩は支那の爲め否な東洋全般の爲めに大に之れを悲しむ者なり