「 開墾地鍬下年期の改正 」

last updated: 2019-09-29

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時事新報に掲載された「 開墾地鍬下年期の改正 」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

 開墾地鍬下年期の改正 

日本は古來豐沃の地と稱すれども其耕作地は割合に少なくして之を歐洲各國に參照するに瑞典那威及び希臘の三國を除くの外、斯る未開墾の地あるを見ざる程なり即ち歐洲諸國中にて廣漠未開の名を得たる彼の露西亞國(但し歐洲露西亞領を指す)の耕作地は全國面積の二割二厘五毛を占むれども日本の耕作地は僅に其一割一分六厘六毛を占むるに過ぎず左れば今卒然に統計表上に現はるゝ所の數字を見れば日本の内地は到る所沃土の荒蕪に歸するものあるならんと思はるれども仔細に我國の地理を吟味すれば峯巒重=全國に蟠まり國中山ありと云はんよりも寧ろ山中國ありと云ふ可き程の國柄にして山隅水涯耕すべき土地は概ね之を耕し盡して山腹を開き池沼を埋め又海濱に堤して年月の間に労力を費し辛うじて之を耕作地に變ずるもの即ち我國新地開墾の現况なり事情此くの如くにして新地開墾は其向きの人に取りて今日甚だ不利益なる由なれば爾後全國の野に遺利なきを期してますます開墾の業を奬勵せんとするには開墾者に對して非常の特典を與へて始めて成る可きことなるに然るに明治十七年八月布達地租條例第十六條に開墾地は十五年以内の鍬下年期を許可すとあり又其第十五條に開墾地は鍬下年期明の翌年分より更定地價に依り地租を徴收す可しとありて今新に海濱池沼を埋め或は山野を開拓し非常の労費を抛つて不毛磽=を耕地に變ずる間もなく十五年を經過すれば地方廳は更に其地價を定めて忽ち之を有租地に編入するの法にして開墾者は新地開墾の利益に霑ふの暇なく自然其勇氣を沮喪するの勢ひなきに非ざれば爾後政府は開墾地の鍬下年期を改正して之を三十年乃至五十年と定め開墾者をして新地開墾のの利益に霑ふの時日を延長せしむること今日の勸農事務中に於て最も急先の事ならんと信ずるなり

前陳の説を聞き人或は説を爲して我國開墾地の鍬下年期を三十年乃至五十年と定め開墾者をして新地開墾の利益に霑ふの時日を永ふせしむるときは我れ人共に新地開墾の利を慕ひ其極、利の薄き既墾耕作地を棄て置きて新たに開墾に從事する者を生じ一方の開墾地ますます廣まると同時に一方には耕作地の荒蕪に歸する者ますます増加す可し云々とて窃かに心配するものもあらんかなれども畢竟無用の心配たるに過ぎざるのみ凡ろ國の耕作地の廣狹は或る部分までは其國農民の多寡に比例するものにして農民の頭數年々増加する國柄にては之れに應じて其耕作地を増加すること勢ひの自然と申す可きなり然るに今我國の人口は年々歳々に其數を増し昨年九月出版の第五統計年鑑に據るに明治十二年には三千五百七十六萬八千五百八十四人なりしに同十八年には三千七百八十六萬八千九百八十七人と爲り凡そ此六年間に二百十萬四百三人の人口を加へ年々平均三十五萬六十七人餘を増加したる割合なり扨て我國の人口中農民は其幾割を占むるや未だ之を詳知するに由なけれども今試みに農民を以て國の人口の一半を占むるものなりと假定すれば我國の農民一族は年々十七萬以上の人口を増加するの割合なるが如し盖し我國の人口調査は此年來ますます精密を加ふるの趣きありて之れが爲めに幾分か統計表上の人口増加を助けたるの氣味あるやも知る可からざれども是等は誠に少々の數にして年々農民一族に十幾萬の人口を増すの割合なれば年々夫れ程の耕作力役に從事する人を生じ同時に此人々の爲めに耕作地を増す可きも亦必要の數なるが故に我國にては今後何程に新地開墾の便法を設けて之を奬勵することあるも耕地の廣まるに隨ひ農家の人口も亦ますます増加して新地開墾の利に走るが爲めに既墾の地を棄て置くが如き不都合を生ぜざるは我輩の萬々保證する所なり近來は全國各地追々養蠶業の利益を知るに附けて更に新地を開墾して桑苗を植附けんとする輩もあれども開墾地鍬下年期の短きが爲めに前途の得失を掛念して窃に躊躇し居るものも多き由に聞けり此時に當り勸農の局に當る人々は農業の實際を視察して鍬下年期を改正するの注意、甚だ大切の事なる可しと存ずるなり