「仕進者の範圍資格」

last updated: 2019-09-29

このページについて

時事新報に掲載された「仕進者の範圍資格」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

仕進者の範圍資格

豫て風説の文官試驗規制は今度勅令三十七號を以て公布となり同三十八號の勅令にて試驗委員の管制も定まりたる其全文は既に紙上に登載したれば識者諸君これを知るべし第三十七號の勅令は文官試驗試補及び見習規制と稱するものにして全則三十九項より成り高等の試驗を受けて登庸せられたるものを試補、又判任官の試驗に因て及第したるものを見習と稱し試驗を高等普通の二つに分ちて官吏の撰敍を公平にせんとするの擧は我輩の最も贊成を表する所なり尤も一切の官吏登庸には必ず試驗を要するといふに非ず學位令に依り法學博士文學博士の學位を受け又は法科文科の兩大學並びに舊東京大學法文兩學部の卒業生は高等試驗を要せずして試補に任ずるを得る如きは特別の待遇にて即ち學位令にて博士の解説を得たる法文博士は勿論今の大學の卒業生ならば必ず高等官丈けの學力を有するならんとの信用を以て此特典を宛行ひたるものなるべし其他司法官たるの資格を有し三年以上代言人たるものなれば實務練習を要せずして其儘高等司法本官に任ずるの特典も同一の理由ならん然して此二三の取除を外にして高等文官の登庸に廣く本則を應用するは明治十八年十二月内閣改變の際伊藤總理大臣の奉勅宣布せられたる「選敍ヲ精クシ以テ才能ヲ待チ」云々の精神を今日實地に寫したるものなれば其二三取除の部外に於ては高等受驗者の資格を廣くし一般在野の人才を拔擢すること極めて重要なり左れば高等試驗を受くるものゝ資格は外國に於て大學校又は之と同等なる學校の卒業證書を有し又三年以上其學科を修業したる旨を證する證書あるか或は文部大臣の認可を經たる學則に依り法政理財を教授する私立學校並びに高等中學校東京商業學校の卒業證書を有するもの等にて其區域狹隘にあらずと雖ども一方より考ふれば自家の才敏また自家の勉學にて別段これこれの學校を卒業せざれ共嚴然頭角を顕はすべき人物もあらんなれば此人々のため別に仕進の道を啓くも亦無用にはあらざるべし尤も試驗は時の出來外れ一つにて高等學校の卒業證書をも有せざる受驗者の上出來は當てに成らずと云ふ者あらば我輩強て答辨を欲せずと雖とも廣漠なる人事社會の修養必ずしも學校教育に限らずとせば人才仕進の點に於ても多少他の處に其餘地の存在せんこと我輩の所望にして政府の意見またこれに外ならざるを信ずるなり次に試驗委員の官制に對しても我輩別に説なしと雖ども試驗長官は前記勅令三十七號の登庸試驗に關する諸學校の試驗規定に付き内閣總理大臣又は所屬長官の意見を述ぶるを得て其權力も隨分熾んなるものと云はざるべからず例へば法政理財を教授する私立の學校にして特に文部大臣の認可を得たる學則に依り其學校の卒業生が高等試驗を受くるの資格あるにもせよ試驗長官に於てこの學校の試驗規程に不都合を見出したらば長官の意見を以て具申改正を促すの事も容易なるべし即ち私立學校にして高等試驗を受け得るの資格を備へんとならば一には文部大臣の認可を得たる學令に依り二には又試驗長官より其科程の相當を認定せらるゝの用意なかるべからざるなり又試驗擧行の當日に至り試驗委員の審査公平にして少しも偏偐あらざるべきは素より云ふまでにあらざれ共各自の學風邪習辨に由り知らず識らず近きに釋して遠きを忘るゝは人情有勝ちの事なるが故に試驗委員の人々が能く克己して正明の審査、諸人に滿足を與へられんは之も間違ひなかるべきなり