「銀行の保護監督」

last updated: 2019-09-29

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時事新報に掲載された「銀行の保護監督」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

銀行の保護監督

銀行は今の世の商賣社會に必要欠く可からざるものなり今の商賣社會に銀行なからしめん〓商賣社會の之が爲めに不便を感ずるは貿易市塲に運輸交通の便を欠き賣買取引に帳簿手形なきに等しとも云う可きなどのものなれば政府が之を保護監督して益々商賣社會の信用を厚からしむるは甚だ緊要なる一政務と云うべし盖しアダムスミス氏の言に據れば歐洲に於て始めて設立したる銀行は時の政府の金融を謀り又は貨幣の流通を幇助するか又は送金等を以て其營業の目的となしたるものにて仕組みも營業も甚だ單純にして決して今の銀行の如く複雑なるものにはあらず斯くも單純なる銀行が斯くも複雑なる銀行となりたるは素より一朝一夕の事にあらずして數百年の其間に社會の更革商賣の變遷と共に幾回となく其面目を改めて遂に〓〓に至りたるものなりと云えば社會の有樣いまだ文明ならず商賣の仕組み全く歐洲の如くならざる時に當りて突然獨り歐洲風の銀行を創立する利害に就ては頗る議論の多き理財上の一問題にて我輩も自から説ありと雖ども今爰には深く此問題に輸入することを〓き兎に角に我日本の如き開港以來外國との交通頓に頻繁を加えて商賣の趣きも日に新面目を呈する國柄に於ては到底内外の商風を一致せしむること肝要なれば政府が〓に歐洲風の銀行を創立して商賣社會の便利を謀りたるは我輩の大に賛成する所にして銀行條例の箇條に就ては多少意見を殊にするものあるに拘わらず其大〓より見れば同條例の制定は時の宜しきに適したるものと云わざるを得ず今の日本の銀行は日本銀行、正金銀行、國立銀行、私立銀行の四種にして前の三種は政府制定の條例に従いて創設し後の一種は政府の許可を受て設立したるものにて責任に有限無限の別はあれども其金融を圓滑ならしめ其商機を運轉せしむるに至りて敢て異なることなかるべし又其資本の金額には大小の差あるを以て資本の巨額なる銀行の倒産は其小額なる銀行の倒産よりも商業社會の信用を害すること大なるは數の然らしむる所なれども本來一國の銀行なるものは其相互に聯絡關係すること猶お人身の血脈相通ずる状に異ならざれば假令資本の小額なる銀行にても不幸にして失敗するときは禍忽ち他に波及して意外の處に意外の變を生ずる其趣きは指端の細脈を傷けて全身の血運を害する例に〓して見る可し故に政府が國中の銀行を保護監督するは目下の要なりとして〓て其法は如何に可きやと云うに監督は公式に拘泥せずして寧ろ商賣人の〓神を以て取締を加えること肝要なりとす抑も銀行金融の事は一刻千金の前後を爭うものにして瞬間の決斷を要する業なれば出納の不取締を防ぐ可きは當然なれども所謂役人流の鄭重に過ぎ商機を失わしむるが如きありては監督の利益は以て時機の損失を償うに足らず其過不及は唯當局者の方寸に存するのみ又保護の法は銀行の大小に論なく其種類を問わず平等均〓の主義を忘る可ならず若しも然らずして一方に偏し甲に厚くして乙に〓うするが如きなりては等しく銀行として營業しながら甲は其節の厚遇を〓うして直接に間接に特別の保護を被り〓つて株主へ配當も多く役員の賞興も豊なるに反しては〓も度外に放頓せらるゝ心地して自から安んずるを〓ず其役員等は面目を失うなどの心配よりして無理に配當金を豊にする策を〓らし以て一轉株主の歡心を買わんとして無理に無理を重ね遂に馬脚を露わして倒産するものなきを期す可からず畢竟同業者中に會計の温なる者ありて自家の寒冷を感ずること切なるが爲めに斯くの如き無理をも犯すことなり而して他の温氣は何れの邊より〓へたるものなるやと尋れば其筋の厚遇に出るものと云わざるを得ず我輩は本年上半期諸銀行の實際報告を閲讀して其利益に厚薄の差甚だしきを見たり盖し其厚き者は營業の久しき其處置宜しきを得て積立金も次第に〓加するかたがた此商況不景氣にも拘わらず好結果を見たるものならん即ち其筋より監督の行届きて銀行の役員も亦大に勞したるが故ならんと雖ども尚おその上にも稀には特別の保護を被りて大に幸いしたるものもある可しと信ずるなり