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本文
左の一遍は元横濱十全病院長たりしドクトルシモンズ氏の論文にして我國〓に適切なりと信じて譯して以て貴社に投す掲載と得ば幸甚 伊吹雷太譯
文明なる言葉は近時日本人の中に大分流行し日常の集會宴席等にも常用の語となりたるを予が耳新しげに掲げたらば無用のことを言い出すこと感ずる人もあらんなれども予の此問題を持するや亦久しく、今日日本の親友將さ外國の益友に逢うごとに、毎時も此の問題を以てするに日本人の答は全く外國人と異にして「歐米の如くなるは是即文明なり」とは日本人の常言なり故に一歩を進めて詳悉なる説明を與えよと云えば日本人は直ちに歐米各國の風俗習慣を示し自國の風俗習慣に異なる所を述べて曰く駕籠を用いる旅行は鐡道汽船の便に如かず、畳に坐する習慣は椅子に〓す安樂に及ばず、巻き〓草を薫するは遙に竹〓管にて吸〓するに勝れり、善男善女両々手を交えて共に踏舞する快樂も美人獨り舞う比にあらざるなり云々と畢竟日本人の此答辧は歐米の風俗習慣日本固有の風俗習慣よりも善良にして歐米の文明〓に完全なりとの妄想より生じたるなり適々文明の義を知る人あるも甚だ少數にて數うるに足らざるなり
歐米の風俗習慣の中には甚だ稱賛すべきもの多しと雖も日本の風俗習慣中にも其性質種類こそ歐米のものと異なれども兩者の間に是非善惡の語を用いて、區別し能わざるもの少なからず是即ち予に日本人は何を以て全く歐米の習俗を模倣せんと欲するや疑問を〓さしむる所以なり
歐米各國の文化は完全無〓にして細大模倣して以て規と爲すべしと思〓するは日本人の甚しき誤想にして歐米の文明が善美に〓するには前途甚だ遼遠なり今日の處にては理學の眞理道德の教義と相背馳するも黙從黙行の有樣なるは歐米人が自ら許容する所なり左れば世の所謂文明國なる歐米の風俗習慣を模倣して一箇の新文明國を〓〓せんと欲する日本人は先ず善悪を識別し、利害を究索し、基本質の美(substance)を得んを期して苟めにも〓禮空式(Form)を取る弊なからんことを務むるは大切なり
〓も文明の深義は唯單に人民生計の方法習慣風俗の差〓衣食國語の區別に因らざるなり見よ歐米の各國即ち〓の所謂文明の國々にても上等社會こそ衣食居住〓や其風を同〓すと雖ども一般人民の習俗は各國の間甚だ差違ありて獨〓衣食住日用の器具等のみならず踏舞も趣きを異にし樂器も形を異にし國語國風自ら別樣なるは世人の親〓知る所にあらずや
上に述べたる如く各國が風俗習慣を異にする所以は其地方の風土氣候多少與りて其因をなすなりと雖ども腫瘍の原因は古代の風習、其國民に適合したるもの、子々孫々相保存して遂に今日に訓致したるものなり然るを外國人は日本の風俗を不文明とするならんなど自家の考えに於て自國の習俗を悉皆放棄せんとするは日本人の甚だしき誤解なり故に外國人も此の事實を見て氣の毒に堪えず時に忠告をなきことあるも更に頓着なきは實に遺憾なる次第なり
外國人は大抵日本のために親切なる感情を懐き、西洋は〓〓にして實際貴重すべき價値を有し且つ日本人民の〓〓を改良するためのものならん〓は日本人が取て以て模倣するを賛成すれども今日の勢いは西洋の事情〓〓へ云えば〓〓み矢〓に模倣して更に其物の利害〓否を〓みざる實相なるを信ずるなり
前にも述べし如く歐米諸國各其風俗習慣を異にすれ共皆同等に文明の稱を得て其相異なるが爲めに自國の風習を放棄したる國あるを聞かず佛蘭西決して露國の風習を模倣せず露國又決して佛蘭西を模倣せざるなり勿論國家人民の幸福安寧を〓進する事物にして或る一國に現存する者ならんには他の諸國も爭て模倣すべきは當然なれ共風俗習慣の如きは自國の事〓を吟味し最も〓應のものを撰ばざるべからず貧人決して富人を學ぶを得ず貧國豊富國の事物を模倣し得べけんや若し強て之を爲すあらんには唯財政困難の淵に沈むあるのみ
西洋人にして能く日本の事〓を知るものは日本は一個の文明國にして其文明も比較的に高尚なりと稱するにも關わらず日本人のみは自國を不文の國と云いなすこと實に奇怪なる事共なり日本文明の事物は其種類の〓いは其物の不文なる徴證ならざるのみか日本人の文明は寧ろ誇稱し得べきものなりとは西洋人の定論なり日本人は支那を自國の如く野〓の一國なりと稱すれども歐米人は之に反し支那は一個の文明國にして其文明も比較的に高尚なりと云うにあらずや今よ二三百年以前を回顧すれば今日の歐米諸國は支那日本などの國々に比すれば眞に見る影もなき野〓國なりき日本人が自分に自國を入するが如きは實に知慮なきことにて自〓自重の性質を〓きたるものと云わざるを得ざるなり
日本の文明は古屋舊家〓うべし數百千歳の間日進世界の局外に立て時々新柱舊柱に代わることなかりしより多少〓敗の所はあれども全體の構造は甚だ善良にして國の經濟の度にも〓い又人民に必要の保護慰安を與えるに足る建物なり然るに日本人は歐米の文明外に文明なきものと考え之れを得るには如何なる損失をも顧みず漫に從來の舊宅を破壊し去て根底より改築せざるべからずと信ずる人あれども日本の舊宅必ずしも悉皆壊触したるにあらざれば能くよく吟味注意して唯其破壊の塲所、腐朽の柱だけを歐米の新材にて補修する利なるに如かざるなり然る時は歳月と共に日本の舊屋も腐朽の柱は取り去られ、〓敗の塲所は修められ日本人民に必要の保護慰安も亦行われ殊に急劇の變化は附〓する財政困難の憂もなくして完美なる文明國となるべきを信ずるなり
文明の義を數言にて説明するは甚だ困難なることなれども凡そ國家文明の基礎には一定の主義あるものにして其主義に從い政府を建て社會を組成し以て人民をして平和安全に生存せしめざるべからず而して其主義は左の四項に分て略説するを得べし
第一文明政府 文明政府とは正實忠直なる人々を以て政府を組成し一般國民の便益を目的として政令法度を作爲施行し而して國の秩序治安に妨げなき限りは人民をして各自固有の權理に依り最大幸福最大安寧を進取享有せしむるものなり
第二文明社會 文明社会とは與輸の力(法律力にあらず)能く人民相互の交際商賣取引等凡ての人事を整理し以て正實忠直の行を〓まし社會の人々個々を導きて品行を方正ならしめ〓募孤獨頼る〓〓の民を保護扶助するものなり
第三文明家族 文明家族とは婚姻嫁婆の禮を重んじ品行正直の德を養い子は親に事へ親は子を愛し吉凶禍福喜憂苦樂共に語り享け互に〓意することなく父母親あらば身自ら子を教育し和氣洋々たるものを云う
第四文明個人 (Civilized individual)とは其動作優美〓雅にして行〓正直に他人の感〓を害するな〓以て己れの幸福を享け樂しむものを云う