「封建歴史の編纂」
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時事新報に掲載された「封建歴史の編纂」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。
本文
封建歴史の編纂
一國文明の歴史を〓て其大要を觀るに古徃今來如何なる國にて如何なる事〓あるを問わず其進歩變遷には必ず一定の規則ありて此規則の外に洩るゝものは非ざるなり何をか一定の規則と謂う曰く文明は其進歩するのみに進歩するにあらず必ず之が原因ありて然る後或は最〓に或は徐々に事〓に從て進歩する事實是れなり〓ち文明なるものは製作物にあらずして成長するものなり盖し製造物とは事物の有樣斯くあるべしと人意を以て豫め模型を想像に畫き此模型〓りに製作して咄磋に其注文に應ずること恰も裁〓師が種々の身躰格好に應じて衣服を仕立て靴師が色々の足形に從いて靴を誤まるが如く大小廣狭その意の如くに料理して〓合を誤まらざる種類のものなりと雖ども所謂成長なるものは則ち然らず自然生々の物に向て傍より其發〓を促し何ほどに骨折り氣を揉むと雖ども先天の程度遲〓あるのみか事物元來の性質成行きに各特有の事〓さえ伴うものなれば容易く意の如し發〓に一定の順序ある又その上に種々の事〓に纏われて常に人意の如くならず盖し〓駝が植物培養の術に長じたりと謂えるも唯この一定の順序と周圍の事〓とを熟知して巧に之れに應じたるに外ならざるべし左れば一國文明の先導者となり國民の耳目となる學者經世家が須らく先づ其國民進歩の程度は如何なるものなるやを確かむるは勿論、兼て又古に遡りて其國土の性質、政治、法律、軍備、農工商は如何其國民の學問風俗嗜好智愚は如何と一々〓密に吟味して其國特有の性質、周圍の事〓〓ち所謂發〓〓歩の原因土〓となるべきものを講究して之を明らめ其原因土〓に從いて之を西し又東し制し得可きの限りは其性質事〓の妨害術を以て補足する工風肝要なる可し〓ち一國の文明を培養する〓駄の事なり
右の如く經世の要は古來その國の政治、人民の習俗等を知るに在りとして之を知る法如何と尋れば歴史に〓する外工風ある可からざるや明なり然るに我國古より史類少なからずと雖ども其所記多くは政法軍事のみに偏して學事民事等の記は甚だ粗なるのみならず史家にして全く之を度外視する者さえなきにあらず〓氏の筆に成りたる日本外史の如きは史中の〓々たるものなれども其記す所は専ら王室將門の歴代軍國政事の沿革のみにして數千百年間の民事學事等日本國全體の有様を知らんとするには尚お隔靴の憾なきを得ず日本外史にして斯の如し他推して知る可きのみ左れば今神武開國以來日本興正の歴史編纂は頗る大切なれども〓古以前は漠として知り難きもの少なからず殊に其材料さえ之を集るに難ければ他年の業として姑く之を斷念し責めては今日種々の材料を求るに易くして正確興正の歴史を編纂し得る時代〓ち〓古徳川の封建史のみにても〓に編纂せんことは學者の社會に取りて甚だ大切にして且その名譽なる可し
竊かに世界各國の由來を案ずるに封建の時代は恰も其國の體質を成す時代にして人にありては十五六歳將さに成年に入らんとする時の如く性質の寛猛、氣風の強弱後來發〓進歩すべき原素は大概其根を〓に起すものにして頗る大切なる時代なればにや歐洲の諸學者にても國の事を論議する者は重もに此封建時代を吟味して〓密なる調査を遂げんことを勤めて怠らざるものの如し我國の如きは封建制度成立の時限極めて長く随て其組織の完備せるは歐洲封建の比にあらざるのみか今より僅々二十餘年前までは全社會の事物大小輕重皆其支配の下に在りて當時の政治、法律、軍備、商賣、工業、農業は勿論學問伎藝風俗習慣等は今日の人事に直接間接の大關係あること敢て言を待たざる所なれば良しや〓古以前の歴史は其の正確緻密のものなきも幸いに徳川封建の歴史を編纂するを得ば學者經世家は爲めに文明培養の〓〓駝となり今日の急務に應じて妥當の方策を求め今後の成行き如何を洞察して永遠の大計を立つるに於て〓や誤りなきを得るに〓〓かる可し然り而して此歴史編纂の事業を今月今日に企る必要ありと申す次第は身自ら封建時代に浮沈し來りて能く當時の事務に〓じ其内〓の細部分に至るまでも知り盡して恰も封建の活歴史たる故老先生の尚お今日に生存すること幸なれ就て事實を質すこと誠に容易なる可ければなり然るに此故老は是れ百年の故老にあらず二十年を待たずして北〓の塵と爲る可き身なれば今日の好機會を空うして故老の知見を利用せざるは〓に今の經世家の怠慢のみならず日本國千載の遺憾と云う可し〓是れ我輩が封建歴史編纂の事業を急ぐ由〓なり