「在野の政事家も宜しく其主義を公けにすべし」

last updated: 2019-09-29

このページについて

時事新報に掲載された「在野の政事家も宜しく其主義を公けにすべし」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

在野の政事家も宜しく其主義を公けにすべし

伊藤總理大臣の内閣が政府部内の紀鋼を一新せんとて事務整理の綱領を發したるは一昨十八年暮の事にして爾來〓に足掛三年の歳月を閲し今は其綱目も次第に擧り就中、最も至難と考えられたる官吏登用試〓の事も愈々來廿一年一月より施行さるゝ事となりたり政府の鋭意以て知る可きなり部内の事務〓に整理の緒に就けば是れよりは外に向て其政略を公示する順序なるべし今や國會開設の期も〓に三年の後に迫りたれば政府に於ては憲法の編纂、議院の組織等に就ての考案も〓に熟したるものあらん、此程谷農商務大臣の辭職は内閣と意見の合わざるに由りしなりと云えば内閣には確乎不〓の政略ありて谷大臣の意見は其政略に反對したりしものならん、昨今横濱の英字新聞に據れば豫て開會中なる條約改正會議も日本政府にて目下取調中なる新法律編纂を終るまでは會議の延期を望むものと見え井上外務大臣は會議延期の旨を各國公使へ公然〓牒に及びたりと云う年來の大問題たる條約改正の延期に就ては大に政府の意見の存することならん、世人が現内閣の政略公示を望むこと久し政府は宜しく此時を機會とし差支えなき限りは其政略を世に公けにして天下公衆の希望に副うべきなり此一義に就きては我輩の毎度陳述したる所なれば更に〓々することを止め唯、責任内閣を以て自ら期する伊藤内閣は世人の希望を空うせずして早晩政略公示の擧あらん事を確信するものなれども若しも萬一政府の策、〓に出でざる事もあらんか其は政府の都合にして我輩の知る所にあらざるなり

さて我輩が政府に向ての希望は一應右の〓りなりなるが我輩はこの事に就て獨り政府のみを責るものにあらず民間在野の政事家に對しても亦宜しく其政事主義を公示すべしと勸告せんとするものなり我輩は固より政事の局外に立つものなるが故に廿三年には果して豫定の〓り國會開設の順序に〓ぶべきか又其國會なるものも如何に組織せらるべきや其邊の事に關しては甚だ不案内なりと雖ども今日我政府が執る所の政略(假令へ公示せざるにもせよ)より推察するときはその開設の國會は必ずや人民の希望を滿足するに足るものにして西洋諸國に行わるゝものと甚だしき相〓はなきことならん、或は西洋諸國と其體裁を異にする所あるも〓に國會を開く以上は其議員なるものは人民を代表するものにて其議塲に於ては政府の歳出入以下國家重要の問題を議することならん果して然るに於ては政事の心得ある人々は自ら其〓擧に當るか若しくは己れの利害を代表せしむる議員を〓擧する用意肝要にして殊に國會開設は我國に於ては古來始めての事なれば今日より豫じめ身構して其事に取掛らざれば或は時に臨んで狼狽する慮りなしとも期すべからず左れば政府が國會開設の準備として憲法制定等の事に從事すると同じく民間に於ても議員〓擧の用意に盡力すること目下の急務なりとして〓、その〓擧の手續は如何にして可なるやと云うに西洋諸國の例に随へば議員の當選を望む輩は夫々の〓擧區に於ける議員候補者の中に其姓名を列し又マニフェスト(意見書と譯すべし)とて己れの主義意見を記したる書付を發し某の事に就ては彼樣彼樣の議論を抱けり某の件は斯く斯く取計う積りなりとて其意見を〓擧人に公けにして以て其推〓を求むることなり將た重立たる政事家に至りては唯その區内に於て〓擧を求むるに止まらず大に其意見を世に公布して滿天下の賛成を求むることも亦必要なるべし我國にても議員選挙の手續には亦この方法に由る事ならんが前にも云う如く此等の事柄は我國に於ては古來始めての事なれば今日より其用意に取掛るも決して大早計にあらざるべきなり

今日民間に於て其名望乏しからずして且つ政事の伎〓に富む者は其數甚だ少なからず就中、後藤、板垣、大隈諸伯の如きは孰れも當今在野の名望家にして政事の經歴もあり且つ右の諸伯は會て政黨の組織に從事して其牛耳を執りたる事もある人々なれば今日に於ても猶〓の如きも政事に就きては今の内閣と反對なる意見を有するの人なりと聞けば早晩時機の來るに〓わず國家の爲めに其意見を實にするを〓まざる事ならん其他在野の政事家にして廿三年の曉を待ち其伎〓を政事社會に試みんと期する者は天下其人に乏しからざるべし此等の人々は今日より其政事主義を世に公けにするも決して大早計にあらざるべし我輩は今の内閣の政略公示を望むと同時に又民間政事家の主義を世に公けにせんことを希望するものなり