「軍政上の改良は先つ其經濟法よりす可し」

last updated: 2019-09-29

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時事新報に掲載された「軍政上の改良は先つ其經濟法よりす可し」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

軍政上の改良は先つ其經濟法よりす可し

國用多端なれば其用の多きに感じて夫れ丈けの歳入を

増加す可し云々と云へば誠に簡單なれども事の道理を

煎じ詰めて云ふ時は歳入として歳々國庫に入る所のも

のは所謂民の膏血にして皆是を辛苦の賜ならざるはな

し今國用多端なりとて隨て其歳入の多きを望まば膏血

渇きて民身枯燥すること固より自然の勢なれば政府の費

用は成る丈け之を節減す可きこと當然の次第なれども

左ればとて各省夫れ夫れの事務ありて之を整頓し之を

處辨せざる可らざるが故に事宜を斟酌せずして徒に減

縮一方に偏す可からざるの場合なきに非ず左れば政府

は其時々國用の多寡に應じて分限相當の政費を要する

こと勿論なれども此際當局者の特に注意す可き所は政費

の使用其宜きを得て能く經濟法に適するや如何の一點

に在るなり凡何の事業に論なく當局管理の人が經濟法

に注意すると否とに因り同じ費額にても其効能に非常

の差異を生ずるは人の能く知る所にして特に政費の使

用に就ては其得失の著しきものを見る可し今の軍國の

世の中にては何れの國の歳計豫算表を見るも海陸の軍

費は其政府全歳入の一半を占め我國本年度の歳計豫算

表に於ても海陸軍費は歳入總額の三分の一以上に達する

程の有樣にして軍費は諸項の政費中最も肝要なる部分

を占むるが故に當局の人々も亦此軍政上に於て巧みに

經濟法を利用すること我輩の希望する所なり蓋し我國の

海陸軍中風紀軍紀の並び行はれて器械的の運動にも案

外練熟なる手際を存することは海外軍人の往々感服する

所にして我輩も國の軍政の爲めに毎度喜悦する所なれ

ども然れども其軍事經濟の一點に至りては或は未だ人

事を盡さゞる所なしと云ふ可からず今其一例を擧くれば

我國にては軍人の軍服を冬夏の二つに分ち出入常に之

を服して次第次第に垢〓すれば時を限りて新調の服に

着替え暑往寒來新陳交代して既に新しきものに移れば

古きものは復た之を服せざるの慣行にして出入一服其

着替へに乏しき故に時々新調を要することありて其軍

服費額は中々少小ならざるならんと雖ども近頃歐洲の

軍事を觀察して歸朝したる人の話に獨逸は流石有名の

軍國なれば軍事經濟隅々までも行き屆きて其用意の周

到なる實に驚くに堪へたり例へば前陳軍服の始末に就

て見るには軍人は各種の服を所有し外出の時の服、操練

の時の服、居營遊歩夫れ夫れの衣服ありて假令ひ着古

びたるものにても容易に之を廢棄することを爲さず營中

に在るときは汚點斑々として破れ盡したるものを纏へ

とも一旦觀兵式其他の盛儀あるに當りては衣紋整然美

麗なる軍服を服して其儀式に臨む可し斯の如く各種各

樣の服を所持して順次大切に之を用ひるの慣行なれば

年々新服を調度して断て古服を服せざるなどの不經濟

なく盛儀の軍服は何時までも新らしく公衆の觀覽に當

りても軍威一層立勝りて見ゆるのみならず年々時を限

りて新調するの費用を省く其便利は軍政の經濟上に取

りて餘程莫大の事なる可しと云ふ是れは獨逸の軍事經

濟に關する一例たるに過ぎざれども其他萬端の軍政上

に右等の經濟法を求めたらば尚ほ之に類するものも多

かる可し我政府似ても夙に此邊に見る所ありしが西郷

海軍大臣は曩きに軍事視察の目的を以て歐洲諸國を巡

廻し了りて先頃帰朝し之れと同時に歐米二洲を巡視し

たる谷農商務大臣も其巡視の目的は農商工業上に存し

たるにも拘はらず身に中將の官を帶ひ且つ最も軍國の

政に鋭敏なるやに聞き及へば兩大臣共に軍政上の意見

を有すると必然なるに加へて黒田内閣顧問も曩きに歐

洲軍國の實況を觀察して帰朝し居らるゝことなれば顧問

大臣各其見聞したる所將た其感激したる所を以て諸般

の政治上に改良の意見を提出することならん而して其顧

問大臣の平生より判定すれば軍政上の事に向て特に鋭敏

なる可き筈なるが故に其改良意見の先つ此軍政上に

及ぶこと今更言を俟たずと雖ども我輩は今の國用多端の

世の中に在ては軍政上特に其經濟の點に鋭敏ならんこと

を希望するものなり