「支那の新立銀行は日支の貿易に關係あり」

last updated: 2019-09-29

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時事新報に掲載された「支那の新立銀行は日支の貿易に關係あり」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

支那の新立銀行は日支の貿易に關係あり

支那帝國近來の出來事にして突然人目を驚かしたるものは同政府が米國人と約を結び莫大の資本を卸して一大銀行を設立せんとするの計畫是れなり某報道の不意案外に出でたるが故に最初のほどは浮説百出殆んど眞僞を辨ずる能はずして支那の事情に明なりと稱する西洋人すら猶これを疑ふものあるの有樣なりしに今日に及んでは漸く其事の實相も世人の知る所と爲り資本の金額、初めには一億兩との説なりしが實際は先づ一千萬兩と限り其内四分の三を株となして米國人と支那人がこれを所有し殘る二百五十萬は支那政府の受持にて爾かもその金員は米國の豪商ウアンダビルト氏が低利にて貸附くべきものなりと云ふ銀行の役員も米人と支那人と平等相半するの約にて表面は李鴻章が總理の任に當る筈なれども其資本主なるウアンダビルト氏よりも人を派して實際に監督の勞を執るよし是れは出金者の身に於て大切の箇條なる可し此報道の初て世に現はるるや人皆謂へらく米國人が如何にして支那政府を手に入れて其事の發表まで斯る祕密を蔽ひ得しかと殆んど想像に苦みしに最近の報によれば此計畫は前駐英大使曾紀澤が倫敦に在るの頃既に米國人と内約を整へ米國資本家の代理者たるミトキーウヰツ伯(波蘭人)は今度これが爲め態態支那に來り李鴻章に會合して彌彌其議を决し約定書交換のためミトキーウヰツ伯は支那政府の委員なる周道臺馬建忠の兩氏と與に我横濱を經て既に米國に出發したるものなりと云へば此銀行の設立は當時清廷にて勢威並びなき李、曾の兩氏心を恊せて成りたるの結果に相違なかる可し而して此銀行が如何なる業務を執るやを聞くに支那帝國の陸軍海軍鐵道電信疏水運河造幣造船より國庫若くは各省の出納を司るものなりといふ果して事實とすれば此計畫の成敗與に支那將來の運命には重大の關係を有すること必然なるべきなり

世に此銀行の未來を想像するの説紛粉たり或は云ふ支那政府が外國の資本を入れて殊にその營業の實權までを外國人の手に渡すは此れ西洋諸國をして支那の内治に干渉せしむるの亂階を啓くものにて土耳格、埃及の二の舞を東洋に現出するの奇禍なかるべきやと又説くものは云ふ支那帝國の財政税法は紊亂の甚しきものなり斯る不始末のその中に紀〓整然たる西洋流の銀行主義を輸入して事の序に財政税法の改革をも行はんとするは取締の散漫なる商店へ一朝俄に簿記會計の嚴法を宛行ふと一般その狼狽混雜の餘りに却て本業を妨害して銀行の事務行はれ難きに至ること當然なるべしと此等の諸説自から條理を存して容易に打消すべきにあらざれ共事の成ると成らざるとは當局の支那人その責に任ずるものなりとして偖局外なる日本人より見るときは此銀行は豫期の通り能く其目的を貫徹して同時に日本人が其便益の下に立たんことを祈らざるを得ざるなり從來支那國には銀行なきにあらず一種の組織存在して西洋銀行と一般の業務を執行したるに相違なけれ共唯國立公準を經たるの銀行なく銘銘思ひ思ひの私立營業なるが故に資本の額も甚だ豊かならず多きも數萬兩を出でず少なきはまた數千の資金なれ共銀行の數は非常に多く通常の市府尚ほ一二百を下らず中には又五六百を以て數ふるもありて私に紙幣を發行し又爲換を取組む等諸般の方法もある由なれども此れはただ支那内地の商人が獨りその便利を被るに止まりて外國の商人は殆んど其恩惠に浴すること能はず開港塲に於ては到る處西洋商人の設置したる銀行會社あるを以て例へば支那貿易に從事する日本商人の如きもこれに爲替の取引を依頼して便利の點は西洋の開港塲と正に同一の趣なりといふと雖も一歩内地に踏入る時は支那私立の銀行は毫も外國人の用辨を為さざるのみならず又内外銀行の間には何等の取引約定さへあるにあらざれば其不便利の大なる推して知るべし故にその中間に立て内外連絡の氣脈を通ずべき銀行の設立ならんことは支那貿易に從事する一般商人の希望にして幸ひ今回の銀行は支那内地に廣く其取引を爲すの特許自由あるものなれば外國銀行とコルレスポンデンスを締約して前記諸商人の希望を滿足せしむるの計畫あらんこと我輩之を信じて疑はざるなり又次に我輩の新銀行に望む所は支那幣制の改革にしてその現行の兩銀なるものは純然たる銀塊にして其受授に不便なることは言ふまでもなく加ふるに贋造僞造混同して日常内地支那商人の取引にさへ尚ほ地銀に鑄潰して一々■(てへん+「檢」の右側)定するの次第なれば外國商人には信用も極て薄くその價格の高低一ならざるは貿易者の苦心閉口する所なり若し新設の銀行に於て能く造幣の事業を引受け漸次支那帝國の貨幣制度を改良することあらんには一衣帶水を隔てて商賣取引の少なからざる我日本商人の利益亦此上なかるべし此の如く支那内外銀行の連絡通じ又其濫雜なる貨幣の制度をも改めて更に之を助くるに鐵道電信の利便を以てしたらば支那内地の貿易は從前に較べて非常の進歩あるべきこと當然の勢にして日本の商人も其時は西洋人に後れを取らず以て支那の中原に商利を逐ふの覺悟あること大切なる可し我輩は獨り支那帝國人民の爲めに新立銀行の好結果を希望するのみならず日本國民支那貿易の前途を計畫して偏に其成功を祈るものなり