「露國大に商賣上の與国たる可し」

last updated: 2019-09-29

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時事新報に掲載された「露國大に商賣上の與国たる可し」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

露國大に商賣上の與国たる可し

今日まで世上に於て露國と云へば徒に人の土地を侵掠するを事として暴戻到らざる所なき國なりと思ひ特に日本若くは支那の如きは與に其領土を接近し恰も南方温暖の氣候を以て露人の北侵を迎ふるの勢なれば其常に疑懼の念を抱くも亦謂れなきにあらざるなり日本にては是迄幸に露國と事端を開きたることなく其儘に有りと稱すべきものは樺太千嶋交換の談判のみなれ共支那と露國との葛藤に至りては永年結んで解けず一度は干戈まで動して今日は漸く無事の姿なれ共境界の紛議常に錯雜して兩國陰然の軋轢容易ならざる者多しと云ふ日本なり支那なり其紛擾の實地に破裂したる數は兎も角も露國の政略が爾く侵掠の手段に傾くの其間は東洋諸國より露國を見て畏る可し親む可らざるの國と爲すは當さに然る可きことなれども又一方より論ずれば凡そ今の世界に〓して貧弱常に富強に壓せらるるは國交際の内實眞面目にして露國に侵掠の意あればとて獨り之を怪しむに足らず彼れ若し力を恃んで來て我れを侵さんとならば我亦力を以て防禦の策を運らすあるのみ列國交際の不充分なる今日に在ては平生此覺悟あること大切にして事に臨んで俄に狼狽するは我輩の取らざる所なれ共世の人人が露國を見て單に軍略上恐怖すべき國なりと爲すの外に今後商賣上大にこれに望みあるを察せざるは甚だ遺憾に堪へざるなり即ち露を恐るるを知り露を利するを知らざるものにして交通自在貿易流行の今日に在りては迂闊の譏を免かる可らざるなり

現今日本露西亞兩國間の貿易は實に以て微微たる者なり昨明治十九年中輸出入の總額僅僅廿一萬七千餘圓を超えず然るに支那の如きは之に反し浦〓斯徳若くはオデツサ港の貿易を別にして獨り内地續きにキヤクタ地方より露領に輸送する貨物のみにて其額年年四百萬兩より三百五十萬兩を下らずと云ふ此海關兩を日本の相塲に計算すれば凡そ六百萬圓内外なり元來露國は土地廣く財源多く其版圖内に屬する面積のみにて全地球陸地七分の一をも占め一億餘萬の人口之に生息すれ共其面積に比例すれば一平方英里十二人を容るるに過ぎず今日世人は合衆國を稱して殷富限りなしと云ふと雖も露國の領土は合衆國に較べて殆んど二倍半の大さにして人口は合衆國より多きこと僅に三千餘萬に出でず地は財源に富んで人口は少なし其外國貿易の大なるも自然の〓にして一箇年の輸出入額平均六七億圓なりと云ふ然るに日本人が其貿易の利澤を蒙むる能はずして今日まで空しく經由し來りたるは自から其仔細なきに非ず〓〓〓〓の貿易市塲と稱すべきは一はバルチツク海二は〓〓三は白海にして此外歐洲陸上の互市塲都合四〓〓の〓〓ある者なれども陸地の貿易は日耳曼人に歸し〓〓塲の商賣は英人の專にする所にして日本より言ふ時は距離の懸隔所詮企て及ばざることとして他の〓〓に任したるのみ例へば支那露國の陸地貿易が年年六百萬圓内外の額に達すと云ふ如きも其原因は支那の北〓〓〓に露國に通ずるの路あるに在ること明白にして今〓〓〓人が專賣の特權を有する露國磚茶の貿易も南方〓〓の地に於て其品を〓〓し遙遙天津を經て北地に送〓〓〓〓〓〓を占得するは〓比交通の便に因るものなり然るに日本露國の貿易に至りては地中海を越えて態態黒海に入込むは行はれ難き話しにして東方獨り浦鹽斯徳を日本海の彼岸に開き在來の貿易は專ら此一港に依頼したるの姿なれども同港は軍港にして商港ならずこれに依て露國内地の商賣を擴張せんこと望みあるに非ざれば日本人も自然に之に近づかずして恰も度外に置き唯露國と云へば猛惡限りなき者の如くに想像して將來貿易上の利害關係を忘れたるは盖し怪むに足らざるなり

然らば露國將來の貿易は如何なる時に我日本の利益を爲すべきやと云ふに我輩は今の浦鹽斯徳が單に軍港たるに止まらずして兼て商港たるの日なりと返答す可し偖浦鹽斯徳がいよいよ商港と爲るの見込み有るや無しやに至りては是は先頃の紙上にも論ぜし如く(八月一日及び二日歐亞鐵道計畫の三大線路と題したる社説)露國政府の計畫せるサイベリヤ鐵道落成して歐洲亞陸の聯絡全通するを待つより外あらずと雖も露國の事情に明なる人の所説を聞くに政府が此鐵道を竣成せしむるに熱心なることは疑ひもなき事實にして今後五年若くは十年を期し露京塞彼得斯堡より直線東洋の極端に通ずるの望み决して空想と稱す可らず又此全線開けざるも既に半ばの成功あらば半ばは黒龍江の水運を利用して東洋の貨物露領の内地に入るの通路を得ること容易なる可し要するに汽船と鐵道の便開けてサイベリヤを横切るに困難なしとすれば露國東洋の貿易は其時既に面目を一變すべし况んや全線鐵道の敷設あるをや沿道到る處として財源の開けざる地方なく、人口の増殖、商賣の繁榮恰も北米合衆國の新天地を亞細亞歐羅巴の中間に再出せしめたるの盛觀必ず約して待つべきなりと果して此言の如くなりとすれば日本が他日其商賣貿易の利を攫取するの用意あること今に於て大切の次第にして我輩は我國商人が突然其期に臨んで狼狽の失體なきを預め爰に望む者なり露國を單に軍略上の畏國として交際するは陳套の談のみ今後は商賣上の與國として双方貿易の利益に潤ふの見込み斷じて空虚に非ざるなり