「北海道の開拓手段」

last updated: 2019-09-29

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時事新報に掲載された「北海道の開拓手段」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

北海道の開拓手段

北海道は千里未開の沃野にして將來開拓の事業進むに從ひ繁榮殷富の地に至ること誰人も疑ひを挾まざる所なれ共唯これを開拓するの方法手段に至りては説く者その説を同うせず試に一二を掲げんに或人は謂ふ抑も北海道の地味は甚だ豊饒にして氣候决して不順ならず之に植ゑて百穀の熟せざるもの殆んどあることなければ小麥、米、藍、糖〓、蜀黍凡そ人生必需の物品にして内地の用に應ずべきもの一にして足らざるのみか更に海外に輸送して國産の増殖を計りたらば日本の富獨り北海道に依頼してこれを得ること容易ならん是即ち北海道を開くには農業を第一着とせざる可らざる由縁にして其方法は内地の農民を彼地に移し殖民耕作專ら開拓の道を立つるを要するなりと又在者は謂ふ未開の地を拓くに當り先きに農業を以てするは得策に非ず幸ひ今日の時勢に於ては日本人が肉食毛衣の民たるに至らんこと必然の條理にして今より後ち牛羊飼畜の計を爲さんには北海道を其儘牧塲と爲すこと妙案なりと云はざる可らず唯恐るべきは氣候の寒なると猛獸の害との二なれ共寒地必ずしも牧畜に適せざるにも非ず其法宜きを得ば却て良好の結果を奏すること歐洲北部の諸國に於て此業の盛んなる所あるに照しても明白なり又猛獸の害の如きも今日人智文明の進歩したる世の中に於ては之を防止するの手段容易なる可し加ふるに北海道の地味佳適にして芻草の柔かなる實に天然の牧場なり之を開くには牛羊の飼畜を盛大にすべきこと無論にして牧畜先つ開けて農業これに次ぐは西洋諸國にも行はるる未開地開拓の常法なりと然るに他の論者は又説を爲して曰く北海道は内地を距ること遠からず海陸交通の至便なる今日に在りては之を以て製造工業の地と爲すの利益尋常なる可らず土地廣く地價廉く器械力を使用して百般の製造を起すに容易なること内地と同論に非ざれば北海道は日本國民の仕事塲として將來に利用すべきものなりと此外尚ほ開拓論者の其手段を數へたらば道路を作るべし〓〓を先にすべし或は鐵道論或は屯田説その方法多種多樣にして殆んど辨別に苦しむの感あるを免れざるなり

〓上の所説その局部に就て窺へば孰れも條理ある次第にして其〓の表面に顯はれたる所より視るも北海道の開拓には〓〓なり牧畜なり其外一理あるの方法手段都て用ひ〓れらるなく謂ゆる雜色混同して其純色の認め難き者なれ共其實際を如何と云ふに獨り目的を達し得たるのみならず〓と費用に較べては時に案外の成迹なきに非ざるが如し我輩この不成功の迹に付て誠に一家〓〓〓〓べんならば凡そ事の擧ると擧らざるとは利益〓〓〓〓〓〓少き〓〓すること自然の道理にして就中殖〓〓〓の〓に至りてはその艱難苦辛の非常なるに相應して自から〓分の〓益もなかる可らず北海道の開拓もこれと同一にして永年住み慣れたる郷里を辭し人烟未〓〓〓たる〓地に入るには必ず之に償ふの〓〓その人〓〓〓〓〓かる可らず人〓〓〓〓〓〓ありと雖も〓〓〓〓〓〓〓に在りて〓〓〓〓〓〓ら〓人を招くものに〓〓〓〓〓〓〓ゆる〓〓〓〓〓〓〓に人人これを埋骨〓〓〓〓〓〓〓なり〓〓〓〓〓〓〓が牧〓を離れて〓〓〓〓〓〓〓〓る所〓のものは本國に於ては人口溢れ衣食足らず困窮の餘り活路を外國に求めんとするの〓に出たるものもある可しと雖ども二つには植民地より本國に物を供給して利益の莫大なるが爲め其利益を以て人人の利心を誘ひ遂に期せずして其地の繁榮を致すは比比皆然らざるなし今日亞米利加の盛大なること彼の如くなるも盖し其原因に溯れば新世界の物を取て舊國に送るの利に誘はれたるものなりと云はざる可らず或は濠陸を始めとして南洋の諸洲共に現在非常の進歩を爲すも其地に産する所の羊毛肉皮等を本國に輸送して報酬の豊なるに因るものなる可し左れば北海道の開拓は之に較べて規模こそ小なれ其筆意の存する所は正に同一にして若しも新殖民地に生ずべき農品若くは畜産が日本内地或は又海外諸國に廣く賣捌きの見込みあれば兎も角も然らざる塲合には其成功も覺束なしと云はざる可らず盖し北海道の農品畜産を今日外國に輸出して豫算通りの利益あるべきや否やは甚だ疑はしき次第にして且つ内地の人民と雖も今日左まで其物品を北海道に仰いで生活するの必要あるに非ず盖し西洋殖民地開拓の方法を其儘北海道に應用せんとするにもせよ日本人の食物は内地限りの生産に於て毫も不足あらざるの今日なれば北海道に小麥を作り牛を飼ふも其需要少なくして利益の擧らざるは理に於て明白ならん况んや其他の手段をや開拓成迹の容易に擧らざるも怪むに足らざるなり然らば其方法を如何すべきやと云ふに只管民利の在る處に基て漁業水産の採獲を盛んならしめ其發達を自然に促すより外銘策あるべしと思はれざるなり之に反し漫然開拓の功を收むるに熱心して表面より西洋流の殖民法を使用せんとするが如きは寧ろ實際の勢ひに戻る所あるを免れざる可し我輩これに關して餘論もあれば請ふ他日に之を述べん