「歐洲駐剳の公使並に公使館」
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時事新報に掲載された「歐洲駐剳の公使並に公使館」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。
本文
歐洲駐剳の公使並に公使館
海外駐剳の公使は本國政府を代表するの役目にして一擧一動恰かも其本國の文野智愚等を判するの標準と爲るものなれば政府は特に其人の撰任を重んぜざる可らずとは人の能く知る所なるが近來外交社會朝野の人の言を聞くに政府は華族諸氏を以て公使と爲すを得策とす何となれば諸氏は素性高貴にして概ね榮位尊爵を有し容儀風采も優美なるに加へて或は家計の豊なるが爲めに俸給外の交際費を散ずる等の事情もあり旁旁外國に在て交際社會の通りもよく最も駐剳の公使たるに適すればなり云云とて頻りに之を主張するものあり自から一説にして全く反對す可きにも非ざれども鄙見に於ては亦全く之に從ふを得ず元來公使の品格威嚴とは自國人の眼に映ずる品格威嚴にして其公使自身の素性賤しからずして爵位を有するが如き將た其容儀風采の優美なるが如き其本國の人こそ尊敬す可けれども海外諸國人の見る所にては左までの輕重もなかる可し清和源氏は日本の清和源氏にして外人の知る所に非ず日本人の眼には人の容儀も氏と共に尊く見ゆれども外人は唯一樣に日本國人として視る可きのみ或は華族爵位の事は外國人も知る所にして自から特別の待遇ある可しとの言もあれども其内實は必ずしも然らず若しも華族にして特別の待遇あらば其待遇は人の華族たるが爲めにはあらずして其華族が定まりたる俸給の外に財を散じ花晨月夕踏舞宴會客を招き又招かるる其間に自から友誼の情を相通して彼の交際社會に重きを爲すことなる可し華族の肩書重からざるに非ずと雖ども之をして重からしむるものは其肩に伴ふ黄白の勢力なりと云はざるを得ず一個人の私の身代より云へば家計の豊なる華族諸氏を公使として俸給外の交際費を自辨せしむるは敢て失當の擧にも非ざるならんと雖ども一國の經濟上より云ふときは金の出處如何に論なく詰り日本國中の金に交際費の名を附して之を海外に散するものに過ぎざるなり
又論緒を轉し海外に派遣する公使その人は華族にても又他の種族にても各國の都府に駐剳せしめて之が爲めに國財を費すも由て以て外國の交際上に利益を取り其得失相償ふの算を得たらば成る丈け公使館の數を多くして其費用の重きをも顧るに遑あらずと雖ども虚心平氣に考れば東洋最遠の地位に在る我日本國の如きものは歐洲中原の外交政畧に干與して時に縱横連合を謀るなどの必要もなければ我輩は爰に新案を立てて今後在歐洲の日本公使館は英佛獨の三國中何れにか一箇所を存し置きて其他は悉く之を廢し一箇所の公使館をして歐洲各國に關する一切の事務を擔任せしめんと欲するものなり各國に對する我國の外交事務は左まで入り込みたる性質の者にも非ざるべければ蒸汽船車交通の便利なる歐洲の中央に在りては其事務を引き纏めて之を一所に辨ずること敢て六ケ敷き事に非ざる可し斯くて歐洲中に唯一の公使館を置くこととも爲れば外國交際費の全力を一箇所に集めて其公使館の美觀を張るは勿論、公使の任に當る可き人を撰ぶにも單に門地爵位等のみを目當にせずして才能拔群の人物を求め之に授るに交際費の豊なるものを以てして眞實に本國政府を代表せしむることを得べし即ち公使館費節減の點より云ふも公使に其人を得るの點より云ふも共に好都合なるのみならず外交事務も一箇所の統轄に歸して各國各處に公使館を分置するよりも更に便利を加ふることもある可し我輩の敢て希望する所なり
言の序に記す可きことあり我國にては西洋各國の例に傚ひ海外諸府に領事館を置き年年の館費少なからずと云ふ之れに就ても何とか便法を案じ海外各地商賣上の報告事務等は之を其地出張の日本商人に委托するか或は相當の外國人を見立てて一切之れに委任するか凡そ其邊の工風に從ひ領事の事務取扱上大に費用を節減して然かも便利なる方法なきにも非ざる可し此事に就ては我輩聊か所見もあれば他日細論して大方の高評を煩はすことある可し