「府縣會の地位」
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時事新報に掲載された「府縣會の地位」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。
本文
府縣會の地位
現行の府縣會規則に據れば今の府縣會は地方税を以て支辨すべき經費の豫算及び其徴集の方法を議定するものにして直接は府縣の政に參るものにあらざれども既に其費目を議するに方り其事の起原性質等に論及せざれば豫算の目途徴収の方法を議定し難き塲合もあるが故に法律規則に觸れざる限りは之を議するも妨げなきことにして府縣の議事は施政の事に論及するを常とする其上に一方に於て理事者たる府縣の知事も議會の意見を重んじて敢て之を等閑視せざる等の事〓あるが故に今の府縣會は間接に地方の政に參るの實ありと云うも敢て不可なきものゝ如し左れば國會も未だ開けず地方自治の制度も未だ實行を見ざる今日の日本に於て人民が政事參るの路は唯府縣會あるのみ〓ち今の府縣會は日本人民の爲め恰も參政の試〓塲にして今後政治改良の模範ともなるべきものなれば我輩はその今日の法律上に於て有する權限の狭少なるにも拘らず今の府縣會に向て多を望むものなり凡そ人民に參政の權を有するには事を議する代議者と事を行う理事者と雙方の間に其地位材識の甚だ相懸隔せざるを要するは勿論、代議者に在ては寧ろ理事者をして我に重きを置かしむるの識量なかる可からず之を府縣の事にて云えば會の議員たるものは其府縣一般の經濟向に就ては理事者に向て夫々の助言をもなし注文をもなす地位にあるものなれば民間の利害得失に明かなるべきは申す迄もなく一と通りは當世文明の事〓の大體にも〓じ理事者の考案に對して意見を述べ之を賛否する知見を備え管内一般の施政に關しては萬事、理事者なる府縣知事の相談對手となりて冥々の間に重きを我に置かしむる品格を保たざる可からず盖し人として我に重きを置かしむるには知識財産門地の三者を身に備えること肝要にして之を其人の品格と稱す然るに今の地方より〓ばれて議員となる者を見るに多くは其地土着の素封故老家にして財産門地の二者は之を備えて身に不足する所なしと雖も惜哉此種の人々は〓代教育の澤に浴すること淺きが故に當世文明の事情に明ならず數多き人々の其中には議員の當選を官〓の拜命と同一視して竊かに自から祝する者さえなきにあらず況して議塲に出席し公衆の面前に於て其極端の趣を評するに奇語を用いれば木偶を塲に列したる觀なきにあらず是等の人々に臨むに參政の模範を以てし理事者と相對して重きを〓めしめんとするが如きは到底覺束なきことなる可し左ればとて更らに眼を轉じてその故老の傍らに坐する所の一列を見れば是亦甚だ頼母しからぬ〓中にして東西奔走本來無一物なる書生流の人〓〓甚だしきは他の財産を借用して己れの資格を粧い以て議員の當撰を試みて其望を〓したる者さえなきにあらずと云えば此流の人々に固よ〓財産名望のある可きに非ず唯當世に要用なる聊かの知見と辨才とを頼みにして議塲に言論を逞くするまでのことなれば假令え其言は巧にして時としては道理に中たることあるも身の輕きと共に言も亦輕くして社會の信用薄ければ固より以て參政の模範とするに足らず何れも我輩の與する能わざる所のものなり右は事の両端を形容したるものにて實際は強ち斯くまでの甚だしきには至らざることならんなれども今の府縣會は兎に角に此兩〓流の人物を以て多數を占め財産名望に不足なきものは今の世に處する學術知見に乏しく少しく世〓に〓じて物の役にも立〓べしと思わるゝ者は生〓く財産名望の身に備わるものなし斯る事の有樣にして人に重きをなし其相談對手となりて參政の實を〓むるなどの〓も思いも寄らぬ次第にして今後幾年國會の開設あるも其實際の効能を見るは或は覺束無き事ならん然らば則ち今の府縣會をして其地位を高めしめんとするに如何にして可なるやと云う今の素封故老家が大に〓んで文明の新知見を求むるか若しくは今の言論家が相應の財産名望を得るか何れにしても雙方の其一つが其缺典を補い得たる其時にありと云う外なかるべきなり