「米商會所一變して株式取引所に至る可し」

last updated: 2019-09-29

このページについて

時事新報に掲載された「米商會所一變して株式取引所に至る可し」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

米商會所一變して株式取引所に至る可し

ブールスも相塲所も取引所も又は米商會所も文字こそ異なれども其性質は寸分も異ならず商賣品を直に賣買し又は現品の受渡しを數箇月前に約束して取引する塲所なり我日本國にも〓に其塲所を設け東京にては株式取引所と米商會所と二箇所にて用を辨じたりしが如何なる譯けにや昨年來世の中にブールス論なるものを生じ珍しくもなき相塲取引所の事を記して新發明の如くに言囃しブールスさえ設立すれば取引は便利にして投機の沙汰も止み商賣は至極繁昌す可しなど樣々に〓理を附けて平地に波の議論する者ありしより政府も或は其議論に取る可きものありと認めたるか〓に今年に至り新に取引所條例を公布して舊來の株式所〓に米商會所は恰も癈物同樣の姿となり九月一日より新取引所の實行ある可き筈なりしかども〓實際に臨めば色々差支ありて九月一日の事は見合せ明治二十二年五月まで舊のまゝと更に許されたるは誠に至當の處分にして我輩の持論を云えば最初よりブールス論の起こしを怪しむなどのことなれば其新舊の交代に大なる混雜を生じて徒に商賣人を苦しめざる前に舊のまゝと定まりたるは不幸の中の幸と云わざるを得ず故に今日の所望は舊取引所會所の營業を二十二年までと云わずして舊例の如く五箇年とするか又は毎五年に繼續願も官民雙方の手數面倒なれば銀行營業などの例に倣いて二十箇年にも限り新條例ブールスの事は斷然癈止して政府は法を改るに吝ならざる意を示す一事なり〓ち政府の政府たる所以にして一度び言出したることは利害便不便に論なく後に引かれぬなど云うは大政府の品格に於てあるまじきことなればなり本來人民の商賣に政府の干渉は甚だ宜しからざることにして陽に一利あるが如くなれども陰には一害も二害も生じて詰り利害の相償う可きにあらざれば官〓の監督も大抵の處までにして商賣の事は一切商人の自由に任せて然る可きことなり〓く喩えて云わんに政府が政事を行うも商人が商業を營むも其心身の働は同樣なりと云うて可ならん然るに世界萬國何れの政府にても其國民が樣々に苦〓を鳴らして施政上に喙を容るゝほど面倒なるものはなくして其利害は差置き政府たるものゝ常に憂る所なり然らば則ち之を〓にして政府が人民の私の商賣に干渉して其程度を〓る難澁も亦思いやられて知る可し左れば商人等が私に商業を營む取引所又は會所の有樣も之を評して風俗宜しからずと云い投機者の〓窟なりと云い之を改良するには云々の規律を立てゝ斯の如く取締る可しなど妙案は澤山あれども實際に施して決して妙ならず唯人文に〓歩して商人の品格の上〓するを待つ外ある可からざるなり依て案するに株式取引所と米商會所とを比較して何れの方が最も風俗宜しからずして條例を犯す者多きやと尋れば會所に多くして取引所には少なしと云う其然る由〓は何ぞや両所に出入する商人の人物相異なるに非ず唯その税の厚薄あるが故なりと云う可きのみ株式取引所の税は取引高萬分の三より六にして米商會所の税は千分の二なり殆んど比較す可からざる程の相〓にして日々多分の米穀を賣買し或は賣り或は買い其呼聲は一人にて何萬石〓何十萬圓にもなる可きものが千圓に付賣買雙方より一圓づゝの納税とは迚も尋常の商賣人に叶う可きことにあらざれば心ある商人は實際に不自由ながら會所に〓づくを得ずして跡に殘る者は推して知る可し平均して投機商人を以て多數を占めざるを得ず是に於てか政府は會所の有樣を見て其風俗いよいよ宜しからずとしていよいよ其取締を嚴重にすれば犯則者の數はいよいよ〓加して〓には會所の營業も衰えて今日に至りしことなり人を御するは猶お馬に乗るが如し其御法次第にて意地惡くも爲り又順良にも變ずるものなれば今の米商會所の風俗宜しからずとならば先ず其税率を改めて株式取引所と同樣に引下げ眞面目の米商をして之に〓つかしむる〓を開くこと緊要なる可し斯の如くすれば其風俗假令え美ならざるも株式取引所の品格までには〓す可きこと人〓數理に於て爭う可からず然る上にて徐々に其缺典を見出して次第次第に改良を謀り〓に大日本國の相塲所として耻づかしからぬ程の地位に至ることもあらんか冀望の至りなり故に云く米商會所一變して株式取引所に至らん株式取引所再變して商賣の正〓に至る可し我輩が幾年の後を期し氣を長くして待つ所のものなり